恩を忘れた田舎の長者

仏教説話大系4P325

昔、バーラーナシーの都に一人の長者がいた。幾つもの歳を持ち、その中には金銀財宝がぎっしり詰まっていた。ある日のことだった。その都の長者の所へ、様々な品物を積んだたくさんの牛車が到着した。

「長者さまにお会いしたいので、取りいでいただけませんか」

牛車を引いてきた男たちの一人が、大きな門の前にやって来て頭を下けた。

「どんなご用でいらしたのですか」

門番が尋ねた。

「はい。わたしたちはここからずっと離れた田舎からやって参りました。わたしたちの主人は、ここの都の長者さまとは、友達だということでございます。田舎の長者からだとお伝えくだされば、お分かりいただけると存じます」

門番は奥へ引っ込むと、そのことを主人に伝えた。

「田舎の長者が……それはそれは」

「ご存じでいらっしゃいますか」

「ずっと前に一度しか会ったことはないが、確かに田舎の長者のことは覚えている」

「使いの男が、お会いしたいと……」

「よしよし、表へ出よう」

長者は門を出て、そこにずらっと並んだ牛車を見て、目を丸くした。その長者の前に、使いの男はひざまずいて言った。

「実はわたしの主人が、このたくさんの品物を持ってあなたさまの所へ行けと申しました。この五百の車に積んである品物は、わたしどもの田舎でとれる珍しい物ばかりでございます。これをあなたさまの家の前で売らせてほしいのでございます。全部売れましたら、そのお金でわたしたちは、主人から言われました別の品物を求めて帰ることになっております」

長者はそれを聞いてちょっと考え込んでいたが、にっこりとほほ笑んで、こう言った。

「遠いところ、本当にごくろうだった。わたしとお前たちのご主人とは友達だ。ずいぶん長い間会ってはいないが、お前たちのご主人も元気なようでわたしはうれしい。都と田舎に、それぞれ分かれて住んではいるが、わたしは友達のことを忘れたことはない。お前たちのご主人も、わたしのことを忘れずにいてくれたようだ。どうだろう、お前たちはわたしの家の前でこのたくさんの品物を売りさばくと言うが、それはたいへんなことだ。だから、そんなことをしなくともいいように、わたしがこれを全部買ってあげよう。そうすればお前たちも、苦労をしなくてもいいではないか」

みんなは長者のその申し出を、たいへん喜んで受けた。

「そうしてくれるか。ありがとう。ごぶさたをしているわたしの友達への、せめてものおわびの印だ。そうと決まれば、今日はゆっくりと泊まっていくがいい。おいしいごちそうも用意させよう。それを食べながら、わたしの友達の話をゆっくり聞かせてもらおう」

長者は、家の者に命じて宿と食事を用意させ、おまけにそれぞれの男にいくばくかのお金まで与えて、にぎやかにもてなした。男たちはごちそうをたらふく食べ、ゆっくりと休み、そして長者からいろいろな都の品物を車に積んでもらうと、何度も頭を下げて帰っていった。長者はだんだん遠ざかっていく車の列を見送りながら、男たちの旅の無事を祈った。

それからしばらくたったある日、長者は友達である田舎の長者の所へ、同じように五百の車にいっぱいの品物を積んで、使いの者たちを出発させた。いちばん前の車には友達への贈り物、そして後の車には、友達の田舎で売りさばく品物が積み込まれていた。

「それでは、わたしの友達によろし伝えておくれ」

長者はそう言って、使いの者たちを都の外れまで見送った。ところがそれから数日たった夕方、使いの男たちが、疲れきった表情で、今にも倒れそうになりながら戻ってきたのだ。

「どうしたのだ、いったい」

長者は驚いて尋ねた。

「なにがあったのだ」

「長者さま、あなたの友達は、とてもひどい方です。聞いてください」

使いの男の一人が、言葉もとぎれとぎれに、涙を浮かべながら話した。

「わたしたちは向こうへ到着して、田舎の長者さまに面会を求めました。するとその方は、『お前たちは、どこから来た』と、おっしゃるのでございます。わたしたちは、あなたさまのことをいろいろ話し、この前のことも詳しく説明いたしました。ところが、ひどいではありませんか。『それは、なにかの間違いだろう。わたしにはそんな友達はいない』と、こうおっしゃるのです。その方の近くには、この前やって来た男たちの顔もたくさん見受けられましたので、間違いありません。そのうえ、その方は『なにか知らんが、贈り物をわたしにくれると言うなら、それだけはもらっておこう。しかし、家の前で品物を売りさばくのはたいへん迷惑だから、どこか離れた所でなら許してやる』と、こうでございます。さっさと贈り物だけを受け取ると、あとは全く知らん顔。宿もなく、食べる物もなく、わたしたちはたいへんな苦労をしながら、やっと帰って参りました」

「すまなかったのう」

長者はそれを聞いて、一言声を詰まらせながら言った。

それから何日かたったある日のことだった。都の長者の家の前に、またまた田舎から来たたくさんの車が並んだ。そして、田舎の長者の使いの男は、とくとくと声を張り上げた。

「この前はたいへんありがとうございました。わたしどもの主人もこの上なく喜び、『優しい友達を持って、わたしは幸せ者だ』と、申しております」

苦々しげにそれを聞いている長者の心など全く意に介さず、男は続けた。

「この前は、長者さまへ贈り物も持って参りませず、たいへん失礼いたしました。今日はわずかではございますが、贈り物も持ってきております。この前のようにまた品物をお買い上げくださいませよう、よろしくお願いいたします」

このずうずうしい男たちの顔を見ながら、この前、田舎の長者にひどい目に遭わされた使いの者たちはは、煮え繰り返るような腹立ちを覚えていた。
長者は、しかし、静かに尋ねた。

「わたしの友達は元気かね」
「それはそれは元気でございます。いつもあなたさまのことをおうわさしております」
「そうか、それはうれしいことだ。ところで、今夜のお前たちの泊まる所だが」
そう言った時、すかさず声が飛んだ。
「ご主人さま、泊まる所から食べることまで、すべてのことをわたしどもでお世話いたします」
そう言ったのは、使いにいってひどい目に遭った男だった。
その明くる朝のことだった。田舎の長者の使いの者たちは、起きだしたとたん、大きなくしゃみをした。くしゃみはあちこちで起こった。酒をたくさんごちそうになり、昨夜はぐっすり眠った。
ところがその眠っている間に、だれかに着ていた上着を全部はがされてしまっていたのだ。互いに裸同然の姿だった。
おまけに、外に出てみて驚いた。五百の車に積んだたくさんの品物は、一夜のうちにことごとく消えうせていたのだ。そして、車は壊され、すでに使い物にはならなかった。青くなった男たちはあちこち走り回ったが、しんとして人影一つなかった。男たちはそこへ座り込むと、オイオイと声を上げて泣きだした。その様子を見ていた長者は、深いため息をついてうたを唱えた。

人の手助け親切を
受けていながらその恩に
報いることのない者は
きっと泣く日がやって来る
事の起こったその時に
手をさし伸べる者はない
見向きもされず一人泣く

ジャータカ90

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