行者の望み

仏教説話大系5P54

1.

昔、カンピッラカ国のウッタラパンチャーラという都を、パンチャーラ王が治めていたころの話である。バラモン階級出身のある男が、様々な学問を修めて後、出家して苦行者となった。

彼は自然のままに生きたいと考えていたので、森の中の木の根や果実を採ったり拾ったりして命をつなぎ、長い間、一人でヒマラヤに住んでいた。塩気や酸味のものが必要になると、時々人里に出てきてパンチャーラの都に足を延ばし、王の苑の中で泊まるのが常だった。夜が明けると、都の中を一心に托鉢して歩いた。

城門の前に立った彼の姿や歩きぶりを見て、その修行の熱心さにすっかり感じ入った王は、彼を城の中に招き入れ、まるで国王をもてなすほどのごちそうをして、宮殿に住まわせることにした。

こうして行者は宮殿で日々を過ごす身となったが、雨期が過ぎたらあのヒマラヤに帰りたいと思っていた。

「長い旅をするには、たとえ一枚底であっても、底のついた靴と、木の葉で作ったものでいいから、傘が欲しいものだ。ひとつ、王にお願いしてみるか。」

ある日、王が彼の庵に礼拝にやって来た時に、彼は言い出そうとした。

「あの、靴とか傘を……」

とのどまで言葉が出かかったのだが、ふと、別の考えが湧いた。

「でも、待てよ、何か欲しいとお願いしてうまくいただければいいけれど、駄目だとなると王も自分も気まずいことになる。大勢の人の前でそんないやな思いをしたくない。人目のない所で、そっと王にお願いすることにしよう。」

彼は玉に言った。

「王さま、実は内密にお願いしたいことがございます」

そこで、王はお付きの者たちに座を外させた。しかし、王と二人になって行者はまた考えた。

「わたしがお願いしたことに、もし王が応じられないとすると、わたしたちの親しい間柄は駄目になってしまうかもしれない。」

そう思うと、どうしても言い出すことができなかった。

「王さま、今日はお話しいたしますまい。どうぞお帰りくださいませ」

王は首をかしげながら帰った。

それからも行者は、王が何度礼拝にやって来ても、願い出ることができなかった。こうしていつの間にか、十二年の歳月が流れてしまった。

2.

一方、王は不思議でならなかった。

「わたしたちの尊敬する行者はどうしたのだろう。内緒でお願いがあると言うから、ほかの者に座を外させるとなにも言わない。お願いしたい、お願いしたいと言いだしてからもう十二年も経ってしまった。あるいは、清い心を持とうとして長い間修行に励んだ人でも、修行に嫌気がさして欲望の虜になることもあるだろう。そうだ、きっと王位が欲しくなったのだ。王位が欲しいとあからさまに言えないで、それで黙っていたのだろう。今日こそ、王位であれなんであれ、行者に授けてしまおう。」

そう心に決めて、王は行者のところに行った。そして礼拝し、行者の前に座った。いつものようにほかの者が座を引いても行者はなにも言わないので、王のほうから言い出した。

「行者よ、あなたは十二年もの間内緒でお願いしたいと言いながら、二人きりになるとなにもおっしゃらない。王位であれなんであれ、あなたの望まれるものを差し上げましょう。どうぞ、なんなりとおっしゃってください」

「王さま、本当にわたしの望むものをくださいますか」

行者は顔を輝かして言った。

「ええ、なんなりと」

「王さま。旅をいたしますのに、どうか、一枚底のついた靴と、木の葉で作った傘をいただきとうございます」

行者は思いきって、長い間口に出せずにいた彼の望みを言った。

「行者よ、あなたはこれしきの望みを、十二年間も口に出せなかったのですか」

あっけにとられて、王は尋ねた。

「はい、さようでございます」

「それはまた、どうしてですか」

「はい、これをくださいと王さまにお願いして、いただくことができなければ王さまとわたしの間は気まずくなりましょう。大勢の人たちにそんな気まずいところを見せたくなかったから、秘密にお願いがあると申したのです」

行者はそう答えて、歌を唱えた。

求めるものの 答えは一つ

得るか得ないか どちらかです

わがパンチャーラの 国王よ

欲しがられれば 困ること

そういうことも あるでしょう

欲しいというのに 上げられない

そういうことも あるでしょう

そんな折に 得るものは

両者が得るのは 気まずさです

パンチャーラ国の 民衆に

王とわたしの 気まずさを

見せてはいけない そう思い

言い出しかねて いたのです

王は行者の真心に感動して、望みのものを与えることを約束して歌を唱えた。

最上の牛に 赤い牛

これをあなたに 進ぜましょう

尊い道理を わきまえた

あなたのうたを 聞いた今

施さずには いられません

しかし、行者は言った。

「王さま、わたしは、贅沢な品々などは少しも欲しくありません。どうか、わたしが望むものだけを与えてください」

そうして、一枚底を打った靴と、木の葉で作った傘とを持って旅立ちの用意をした。

「王さま、どうか誠意をもって国を治め、法を守り、人々に施しをしてください」

行者は王に教えを述べ、王がしきりに引き止めたにもかかわらず、ヒマラヤへ帰っていった。

(ジャータカ三二三)

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