昔、ガンジス河で雪解け水があふれたことがあった。ちょうどその時、一匹のオオカミが川岸の岩の上に住んでいたが、岩はどんどん増えてくる雪解け水に取り囲まれてしまった。そのためオオカミは食べ物をとりにいくこともできなくなった。
そこでオオカミは意を決したように言った。
「食べ物をとりにいこうとしてイライラするよりも、いっそのこと断食の行をしてやる」
この決心を知った天界の神・帝釈天(注1)は、オオカミを試そうと思って羊に姿を変え、オオカミの目の前にひょっこりと立った。
すると、オオカミの口からはたらたらとよだれが垂れ始めた。
「こりゃあうまそうだ。ええい、断食は取りやめだ」
オオカミはそう叫んで羊に飛びかかった。羊はあちこちに跳び回ってオオカミをからかった。オオカミは汗を流しながら一生懸命追いかけたが、どうしても捕まえることができなかった。オオカミはとうとうあきらめた。
「やはり断食の行を破ったのが間違いだった」
そうつぶやいて再び岩の上に座り込んでしまった。帝釈天は神のみがもつ不思議な力を発揮して空中に立ち、オオカミに言った。
「羊に姿を変えたのはわたしである。それも知らずにお前はわたしをいきなり食べようとした。そのような弱い意志でどうして断食行ができるものか」
そう言ってオオカミを叱りつけ、天界へと帰っていった。
(ジャータカ三〇〇)
注1 帝釈天:仏教成立以前からインドに伝えられてきたインド神話の神・インドラが、後に仏教の守護神として位置づけられたもの。世界の中央にそびえ、その山腹(天界)には神々が住むと伝えられている須弥山(スメール山)の頂上に住み、四天王を従えて、同じく天界の神・梵天とともに仏法を守るといわれている。