昔、タッカシラーの都に一人の徳の高い教師がいて、五百人の弟子に教えを説いていたが、その弟子の中に、『悪者』という意味の名前を持つ少年がいた。その少年は、人から名前を言われるたびに気が重くなった。
「悪者よ、ちょっと用事があるから来てくれないか……」
「これをどう考えるかね、悪者よ」
周りの者たちも、こんな風に少年をからかった。そこで、ある日のこと、少年は師のもとへ行って、名前を変えてもらうことにした。
「先生、わたしは自分の名前がいやでいやでたまりません。いつも悪者、悪者と呼ばれていては、こうして先生から教えを受けていても、少しも善人になったような気がしないのです。なんとかして、ほかの名前に変えていただくわけにはまいりませんでしょうか」
「いいだろう。では、これから国中を歩き回って、自分の気に入った良い名前を探してきなさい。良い名前が見つかったらすぐ、お前の名前をそれに変えてあげよう」
「本当ですね」
少年は飛び上がらんばかりに喜び、すぐ旅に出ることにした。少年が村から村を歩き回り、ある町にたどり着いた時のことだった。ちょうどそこへ棺を担いで、墓場へ向かう人々がやって来た。
「亡くなった方は、なんという名前だったのですか」
少年は尋ねた。
「そんなことを聞いて、どうするんだね」
悲しみに暮れている時なのに、なにを言い出すのかと、尋ねられた人はむっとした様子で聞き返した。少年は、わけを話した。
「なるほど、そうだったのか。この人は『命あるもの』という意味の名前だったよ……」
「『命あるもの』という名前なのに、死んだのですか」
「そりゃあそうさ。人間、生まれてくれば必ず死ぬさ。たとえ『命あるもの』という名前でも。名前なんて、単なる符牒にすぎないからね」
少年は、そういうものかなと思いながら歩き出した。しばらく歩いていくと、一人の女を荒縄で殴りつけている男がいた。
「どうしたのですか。そんなひどいことをなさって……」
「放っておいてくれ。この女は、わしから金を借りておきながらちっとも返そうとしないのだ」
男は、さも腹立たしげに答えた。
「この女の人の名前は、なんとおっしゃるのですか」
少年はまた尋ねた。
「名前かね」
「そうです」
「『宝守(たからもり)』という意味の名前さ」
「『宝守』という名前なのに、借りたお金を返せないほど貧乏なのですか」
「お前はなにを言うんだい。たとえ名前が『宝守』でも貧乏人は貧乏人さ。そんなものは符牒にすぎんからな」
少年は、なるほど、名前は符牒にすぎないかと感心した。そこを離れてまたしばらく行くと、途中で困っている人に出会った。
「どうなさったのですか」
少年は尋ねた。
「実は、旅をしているのですが、道に迷って困っているのです」
「あなたのお名前は、なんとおっしゃるのです」
「わたしは『旅慣れ』という意味の名前ですよ」
「『旅慣れ』という名前の人が、道に迷ってしまうなんておかしいですね」
「名前なんて関係ないですよ。いくらわたしが『旅慣れ』という名前でも、道に迷うことはありますよ。名前なんて、符牒ですからね」
少年はここで初めて、この旅がいかに無駄であるかを知った。そこで急いで師のもとに帰ってくると、少年は旅先で出会った人々のことを話した。
「先生、名前だけにとらわれていたわたしは愚か者でした。たとえ名前がどうであろうとも、その名前によって人間の生き方、考え方が左右されるということはありません。本当に大切なのは、名前ではなく、その人間がいかに正しく生きるかということなのだと分かりました。旅に出していただいたおかげで、大切なものを見つけることができました。ありがとうございました」
そう言うと、この少年は深々と頭を下げた。
師はその少年の姿をながめて、次のような詩を唱えた。
『命あるもの』これが死に
『宝守』が貧しくて
道に迷った『旅慣れ』に
会った『悪者』が気がついた
名に惑わされる 愚かさに
(ジャータカ九七)