千金の魚

1.

昔、バーラーナシーの都のある大地主の家に二人の兄弟がいた。兄弟の父はなかなかのやり手で一代で莫大な財産を蓄えた。ところがある日、父は急病で突然死んでしまった。葬式を終えた後、兄弟は相談して村人たちに貸していた田畑を売り、その金を半分ずつ分けることにした。次の日兄弟は村へ出かけていき、村人たちが支払えるくらいの金額で田畑を売りさばいた。すべての田畑を売り尽くしてしまうと、千金もの金を手に入れることができた。

兄弟は大金を大きな袋に入れて帰路に就いた。しばらく行くとガンジス河のほとりに着いた。船は出たばかりだったので、兄弟は河のほとりに腰を下ろして弁当を広げた。ゆったりと流れるガンジスの川面をながめながら弁当を食べるうちに、兄の心はしだいにその川面のように穏やかになっていった。

「ガンジス河はありがたい河だ。こうして流れをながめているだけで気持ちが安らぐ。そうだ、たまには河の神さまにお礼をしなければ……。」

兄は弁当の食べ残しを河の魚に投げ与え、心に念じた。

「わたしは今魚たちに食を施して徳を積みましたが、その果報はこのわたしにではなく、この河の神さまにもたらされますように。」

兄はそう祈って満足げにうなずいた。ところがその傍らでは、弟が兄の心深い行いを半ばばかにしたような顔で見ているのだった。しばらくして兄は草の上に横たわり、ぐっすりと眠り込んだ。それを見るうちに弟の頭をある考えがよぎった。

「この千金を半分ずつ分けるというのはばかげた話だ。兄をだまして独り占めしてやろう。お人よしの兄をだますことなど朝飯前だ。」

2.

弟は金を入れたのと同じ袋に石を詰め込み、千金が入っているように見せかけた。間もなく船が着き、弟は兄を起こした。目の覚めきっていない兄の様子をうかがいながら、弟は二つの袋を船に積み込んだ。船が河の中流にさしかかった時、弟はわざと船を揺らして片方の袋を河に落とした。

「兄さん、大変だ。千金の袋が落ちてしまった」

兄は慌てて川面を見たが、すでに袋は影も形もなかった。

「この早い流れでは飛び込んですくうわけにもいかない。お前が河に落ちておぼれることを思えば安いもんだ。落ちたものは仕方がない。あきらめよう」

兄は弟を責めるどころか、そう言って慰めるのであった。ところで弟はガンジス河に石の袋を落としたつもりでいたのだが、間違って千金の袋を落としていたのである。そうとも知らず、彼は千金を独り占めできたとほくそえんでいるのだった。

一方、河の神は兄に功徳を回向してもらったおかげで神通力が増し、たいそう喜んでいた。そこへ弟の悪巧みをまのあたりにし、兄のために河に落ちた千金を守ってやろうと考えた。そこで大きな魚に命じて金の袋を飲み込ませたのである。

さて家に帰って袋の口を開いた弟は、心臓が止まりそうなほど驚いて気を失ってしまった。

3.

ちょうどそのころ、ガンジス河ではひとりの漁師が魚をとっていた。漁師が網を投げたところ、千金の袋を飲み込んだ魚が網にかかった。大きな魚を見て漁師は喜び、早速都へ売りにいった。珍しい魚を売りにきた漁師を取り囲み、人々はため息をつきながら値段を尋ねた。すると漁師は真顔で答えた。

「そんなに高くはありません。千金をちょっと超えるぐらいです」

人々はすっかりあきれ、漁師をからかって口々に言った。

「ほほう、そりゃあすごい。生まれて初めて千金に値する魚を見つけたぞ」

漁師はこれに腹を立てた。

「お前たちには二千金でも売るものか」

そうどなって人々の前から離れ、家々を回って売り歩いた。そうするうちに例の兄弟の家の前にやって来た。

「魚は要らんかねえ」

漁師の声を聞いて中から兄が出てきた。兄は大きな魚を見て驚き、値段を尋ねた。漁師は兄の顔をまじまじと見ながら言った。

「本当なら千金は欲しいところなんだが、あんたの顔を見ているとどういうわけかお金を取る気になれないよ。銅貨七枚くらいで十分だよ」

そう言って魚をさし出した。兄は金を払ってそれを受け取り、すぐさま妻に料理するよう言いつけた。

「まあ、なんて大きな魚なんでしょう。こんなに大きな魚を料理するのは生まれて初めてだわ」

そう言いながら妻が包丁で魚の腹をさいたところ、中から大金の入った袋が出てきたのである。妻の叫び声を聞きつけて兄が台所に飛んできた。そして千金の袋を目にして驚いた。

「そうか。あの漁師はこの魚を千金はすると言ったが、それは真実だったのだ。腹の中に千金があるのにどうして千金以下の値段をつけられよう。ところがこの千金はもともとわたしのものだから、銅貨七枚でわたしに売ったのだ。これは神さまが漁師にそうさせたに違いない……」

その時、どこからともなく厳かな声が響いてきた。

「わたしはガンジス河の神である。お前は弁当の食べ残しを魚たちに投げ与え、その功徳をわたしにくれた。だからわたしはお前の財産を守ってやったのだ」

河の神はそう言って歌を唱えた。

自分の食べる 食べ物を

魚に布施した その功徳

わたしに回向し 尊んだ

お前の徳は 忘れない

河の神は弟の悪巧みの一部始終を兄に教え、さらに歌を唱えた。

邪悪な者に 栄えはない

兄を欺き 千金を

独り占めする 悪いやつ

びた一文も 与えるな

悪いことをした弟には金をやるなとうたったのだが、兄はあれ以来寝込んでしまっている弟を哀れに思い、五百金を分け与えたのであった。

(ジャータカ二八八)

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