昔、ヒマラヤの山中で一人の苦行者が修行をしていた。
その苦行者の住んでいるすぐ近くに、美しい宝石でできたほら穴があった。
そのほら穴には、三十頭ものイノシシが住んでいた。
ところが、ほら穴の周りには、恐ろしいライオンがいつもうろうろしていた。
ライオンのうろつく姿が宝石に映るので、イノシシたちは、その影を見るたびにブルブルと震え上がるのであった。
イノシシたちは考えた。

「宝石が透き通っているためにライオンの姿がはっきり映るのだ。ライオンの影を見ると、おれたちは怖くて怖くて、どうしてもブルブルと震え上がってしまう。それもこれも宝石のせいだ。いっそのこと、この宝石をどろどろに汚してしまえば、ライオンの影は映らないだろう。」
みんなの意見が一致して、イノシシたちは連れ立って近くの湖のほとりまで出かけ、どろ土を運んできた。
そしてそのどろ土で宝石をグイグイとこすった。
しかし、どろはこすっているうちにすぐになくなってしまい、どろでこするよりもイノシシの毛むくじゃらの手でこすることが多くなる。
すると宝石は、逆に前よりも透き通ってきれいに光ってくるのであった。
イノシシたちは、もうどうしていいのか分からなくなった。



「なにか、いい方法はないものだろうか」
みんなで頭をひねっていたところ、一頭のイノシシが思いついたように言った。



「ほら、あの苦行者に聞いてみたらどうだろう」
イノシシたちは全員で、早速ほら穴からあまり離れていない所に住んでいる苦行者の所に出かけていった。
大勢のイノシシがやって来たので、苦行者は少し驚きながらも彼らを迎えた。
イノシシたちは口をそろえて言った。



「教えていただきたいことがあるのです」



「ふむ、なんだね」
苦行者はイノシシたちをながめ渡した。
イノシシたちは悲しくお辞儀をすると、次のうたを唱えた。
我らイノシシ三十頭
この穴に住み早七年
ところが怖いライオンの
影を映せし宝石の
光が邪魔で落ち着けず
憎い光を消そうとしたが
どろでこすればこするほど
宝石光を増すばかり
教えてください苦行者よ
あの石汚す方法を
イノシシたちの必死のうたを聞いた苦行者は、彼らを見すえてうたで答えた。
尊く光る宝石は
汚れがなくて清らかで
光を消すなどできはしない
尊い光に逆恨み
頭を冷やせイノシシよ
ほら穴を捨て去りなさい
このうたを耳にしたイノシシたちは、それ以上苦行者になにも言えず、その場をすごすごと去っていった。
ジャータカ285
『仏教説話大系』第4巻 「イノシシと宝石」より