ウサギの布施

仲の良い4匹

昔、ある深い森に貿いウサギが住んでいた。
ウサギには、サルと山犬とカワウソという友達がいた。これら四匹の動物たちは、みんなとても賢く、お互いに自分のえさを取る場所を決めていて、仲間とえさを奪い合うこともなく、仲良く暮らしていた。夕募れになると一か所に集まって、ウサギはみんなに言い聞かせた。

貧しくて食を請う人や、困っている者に布施をしなくてはいけないよ

サルも山犬もカワウソも、ウサギの教えをよく聞いて、つつましく暮らしていた。ある日のこと、ウサギは空をながめていて、明日が布施をする日だと思い出し、三匹に言った。

明日は食を請う人に施しを行う日だよ。
しっかりと教えを守って施しをすれば、きっといいことがあるよ。
食を請う人が来たら、みんな自分の食べ物を分けてやるのだよ

はい、よく分かりました

一同は答えた。


翌日になると、カワウソは早起きして、獲物を探しにガンジス河の岸へやって来た。ちょうどその時、一人の漁師が赤魚を七尾捕らえてくしに剌し、岸辺の砂の中に隠して、次の獲物を追って川を下っていった。カワウソは、魚のにおいが気になって岸辺を歩き回っているうちに埋まっている魚を見つけた。

この魚はだれのですか

大きな声で一度呼んでみたが、だれも現れなかった。そこで、くしごとくわえてやぶの中の自分の家に持ち帰り、食事の時間になったら食べようと思いながら、眠ってしまった。
山犬も獲物を探し歩いているうちに、田んぼの中の番人の小屋に、二くしの肉と大トカゲと、牛乳の入ったつぼとを見つけた。

これはだれのですか

三度大声で呼んでみたが、持ち主は現れなかった。そこで、牛乳のつぼのひもを首にかけ、肉のくしと大トカゲを口にくわえてやぶの中の自分の家に持ち帰り、食事の時間になったら食べようと思いながら寝床に就いた。
サルは森へ出かけていきマンゴーを持ち帰り、食事の時間になったら食べようと、これも同じように眠った。
一方賢いウサギは、季節柄、自分の食べる物にも事欠いていた。

食事の時間になったら、寝床に敷いてあるダッパ草を食べよう。

ウサギはやぶの中に寝ながら考えた。

わたしの家に修行者の方が托鉢に見えても、おいしい草さえ施すことができない。
ごまや米や豆もわたしにはない。
だからもし、どなたかが施しを求めたら、わたしの体の肉をあげることにしよう、、、


帝釈天の試練

さて天界では、ウサギの戒めを守ろうという気持ちが伝わり、天の神帝釈天の石座が熱くなった。帝釈天はその理由を探り、ウサギたちの気持ちを試してみようと、バラモン僧の姿になって、まず下界のカワウソの家の前に立って施しを求めた。
バラモン僧に気づいたカワウソは、尋ねた。

あなたはなんのためにそこに立っておられますか

バラモン僧は答えた。

わたしに、なにか食べ物がいただけましたらありがたいことでございます

はい、分かりました。あなたにおいしい食べ物を差し上げましょう

カワウソはそう言って、うたを唱えた。

ガンジスの  河からとった赤魚
ここにあります  バラモンよ
わたしの布施です  召し上がれ

バラモン僧は礼を言うと、

明日の朝までここに置いといてください。後でいただきに参ります

と言って出ていった。


そして、次に山犬の家の前に立った。

なんの用でそこに立っておられますか

山犬が尋ねると、バラモン僧は前と同じように答えた。

分かりました。おいしい物を差し上げましょう

山犬はそう答えて、うたを唱えた。

夕げの支度に 取ってきた
二くしの肉と 大トカゲ
つぼ一杯の  牛乳を
わたしはあなたに 布施します
さあ召し上がれ バラモンよ

バラモンはまた

明日の朝までここに置いといてください。後でいただきに参ります

と言って、サルの所へ行った。


サルもまた

なんの用でそこに立っておられますか

と尋ねると、バラモン僧はやはり同じことを答えた。サルも快く承諾した。

分かりました。差し上げますとも

おいしく熟れた  マンゴーの実
冷たい水と  涼しい木陰
わたしはこれらを  布施します
さあ召し上がれ  バラモンよ

バラモン僧は

明日の朝までここに置いといてください。後でいただきに参ります

と言って、最後にウサギの所へ行った。


ウサギは尋ねた

なんの用でそこに立っておられますか

なにか 、食べ物を施していただきたいのです

ウサギはこれを聞くと、大きくうなずいた。

ようこそおいでくださいました。
今のわたしには新鮮な草一つございません。
ですから今日、わたしはこれまで施したことのないものを施したいと思います。
あなたは戒めを守られるお方ですので、生き物を殺すことはなさらないでしょう。
あなたは薪を集めて火を起こして、わたしにお知らせください。わたしはその火の中に飛び込みます。わたしの体が焼けたら、その肉を食べて、修行に励んでください。

そう言って、うたを唱えた。

ウサギの食事は  細いもの

ゴマ、豆、米すらありません

この火であぶった わたしの肉を

わたしはあなたに 布施します

さあ召し上がれ バラモンよ

バラモン僧はウサギの言葉を聞くと、ただ黙ってうなずいて、神通力で火を起こした。ウサギはダッパ草の寝床から起き上がって、燃え盛る火に近寄った。

もし、わたしの毛の中に、ノミやシラミなど、生き物がいたらそれを殺してはいけない

そうつぶやいて、二度三度、体をブルブルッと震わせた。そして、自分の体を施そうと、勇敢に飛び上がった。美しく咲き誇るハスの花に宿る白烏のように、堂々と美しい微笑を浮かべながら、ウサギは真っ赤な火の中に身を投じた。しかし、どうしたことだろう。その真っ赤な火は、ウサギの体の毛穴一つも焼くことはできなかったのだ。

あなたの起こした火は、まるで雪のように冷たい。
これではわたしの体の毛穴一つ焼くことができません。
いったい、どうしたことでしょう。

ウサギは唖然としてバラモン僧に言った 。

どうか許してください。わたしはあなたを試したのです

バラモン僧はウサギの前で手を合わせた。それを聞くと、ウサギは少し笑顔を見せてからきっぱりと言った。

そうですか。
でも、たとえ世界中からどなたがやって来て、わたしをいくら試そうとしても、わたしの中に、施しをいやがる気持ちを見つけることはできないでしょう

「どうか 、あなたのりっぱな行いが、世界のどこにも知れ渡りますように」

バラモン僧はそう言うと、周囲の山々に手をさし出した。
すると不思議なことに、山々は彼の手のままに締めつけられ、汁を出した。
彼はその汁で、月の表面にウサギの姿を描いたのだった。

バラモン僧はウサギを招き、森のやぶの中に若い柔らかなダッパ草で寝床を作って寝させた。
それから、帝釈天の姿にもどって去っていったという。


サルも山犬もカワウソも、もちろんウサギも、月夜には言い合わせたように森の広場に集まった。

ウサギさん、あなたとそっくりのウサギが、ほら、お月さまの中にいるよ

みんな月に見とれて言った。

あれはわたしの心が映っているのだよ。
わたしが少しでも悪い気を起こしたら、お月さまは暗くなる。
今夜はとても明るいだろう。
みんなといっしょに明日からまた、施しができるように働こうね

みんな、にこっと笑ってうなずいた。月の光はいっそう明るくなって森を照らした。

ジャータカ316

(『仏教説話大系』第4巻「ウサギの布施」より)
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