王さまの憂鬱
昔、バーラーナシーの都でプラフマダッタ王が国を治めていた時のことである。
戦争もなく平和な日々が続いていたが、王の心は晴れないことが多かった。
というのは、周りの者が皆へつらってばかりいて、自分がどんなに悪いことをしても見て見ぬふりをしているという、そんな国王の生活にすっかりいや気がさしていたのである。

ああ、わしを叱ってくれるような人に会いたいものだ
王はこう言って天を仰いでいたが、ある日思い立って旅に出た。
諸国を放浪する旅人に身をやつした王は、国の端から端までただひとりで歩き回ったのであった。
だが、どんなへんぴな村に行っても、出会う人々は国王をほめたたえるばかりで、悪いところを語ろうとする者はなかった。



これでは都と同じではないか。
ああ、ほめられてばかりいるのはいやだ。
わたしは欠点ばかりの人間なのに……
王は寂しくつぶやきながら歩き続けた。
そうするうちに深い森に入っていった。
何日も薄暗い森の中を歩き回った末に、ある庵にたどり着いた。
そこで修行者がひとり静かに瞑想していた。
王はなにか心に響くものを感じてその姿を見つめていたが、しばらくして修行者に声をかけた。



修行者さま、修行者さま
修行者はゆっくりと王の方を振り向いた。
初めて会ったはずなのに、王には昔からの友達のような気がしてならなかった。
修行者はほほ笑みながら、見たことのない果実を一つ王にさし出して言った。



これは、今日のうちに採ってきたニグローダの実です。
さあ、お食べなさい
王はおなかがすいていたのですぐに一口ほおばった。
すると、それはよく熟れていて甘くとろけるような味がした。



ああおいしい、なんておいしい実だろう
王は思わず声に出して言った。



おいしいでしょう。
わたしもあなたといっしょに食べましょう
修行者はそう言って自分も果実をほおばり、なにげなく言葉を続けた。



こんなに果実がおいしいのは、王さまが正しく平等に国を治めているからでしょう
王はその言葉が気になって尋ねた。



修行者さま、
それでは王が悪い心をもち法に背いて国を治めると、
ニグローダの果実は甘くならないとおっしゃるのですか
修行者は王の顔をじっと見つめて言った。



そのとおりですよ、旅のお方。
王やその周りの者たちが法に背いて悪政を行うと、
争い事が絶えなくなって国中の者が元気を失ってしまいます。
そして果実などもよく育たず、甘味を失ってしまいます。
しかし王が正しく国を治めると、
国中に活気があふれて果実も豊かに実り、
甘味を増すのです。
修行者は王を諭すように言うのであった。



よく分かりました、行者さま。
ごちそうになりました。
修行者に礼を述べて、王は自分の身分を隠したまま深い森の中からバーラーナシーの都へと帰っていった。
王が城へもどると、また周りの者たちのお世辞やへつらいが始まった。
だが王は、あの修行者の言葉を支えにして国を治めた。
苦くなったニグローダの実
ところがある時、ふいにある疑問が王の心をかすめた。



あの行者の言ったことは本当だろうか。
これは試してみるしかない。
その日から王は人が違ったように威張り散らし、高慢に振る舞った。
そしてしばらくたってから、王はまたヒマラヤの深い森に向かってひとり旅に出たのである。
森ではあの修行者が静かに座って修行に励んでいた。
王の姿を見ると、修行者は懐かしげに王を招き入れ、再び熟したニグローダの果実をさし出した。



さあ、お食べなさい。
疲れたでしょう。
王はどきどきしながらその実を口にした。おなかがすいているはずなのに、熟した果実はひどくまずかった。



ああ、苦い!
王は思わず叫んで吐き出してしまった。
これを静かに見つめていた修行者は、王を諭すように言うのであった。



旅のお方よ、そんなに果実が苦いのは、
王がひどい政治を行っているからでしょう。
森の果実に限らず、
すべてのものがその持ち味を失っているのです。
そう言って修行者は詩を唱えた。
大河を渡る 牛の群れ
その先頭の 一頭が
斜めに進めば 群れは皆
同じく斜めに 進むもの
これと同じく 人の世も
長となるべき 人間が
悪い政治を 行えば
だれも真っすぐ 歩けない
これを聞いた王は修行者に深く頭を下げ、自分がこの国の王であることを明かした。
そして、修行者の言葉を疑って試したことを心からわびた。



修行者さま、これからはあなたの忠告を守り、
熟したニグローダの果実がいつも甘くなるように努めましょう。
王は修行者に約束し、城へ帰っていった。
そして今度こそ周りの者に心を動かされることなく、しっかりと国を治めた。
ジャータカ334
『仏教説話大系』第7巻
「果実の実」より









