チュッラダヌッガハとビーマセーナ
昔、バーラーナシーの都でブラフマダッタ王が国を治めていたころのことである。
この都のある家に、一人の男の子が生まれた。
チュッラダヌッガハと名づけられたその子は、人してタッカシラーの町へ行き、高名な師について様々な学問や技芸を修めた。特に、弓術ではだれにも負けないだけの技術を持つようになった 。
すべてを学び終えたチュッラダヌッガハは 、タッカシラーの町を出る決心をした。自分の持っている技術と才能を生かしてくれる王を探し、仕えたいと思ったのだ。そこで、マヒンサカ地方へ行くことにした。
ただ一つ、チュッラダヌッガハにとって悩みがあった。それは、背が小さく、おまけに腰が老人のように曲がっている自分の姿だった。
もしわたしがどこかの王を訪ねても、わたしの姿を見て、こんなに背が小さく老人のような姿では、家来としてなんの慟きもできまいと思われるに違いない。そうなると雇ってもらえない。
わたしは自分の身代わりになる男を探して、まず雇ってもらえるようにしよう。身代わりは、背も高く腰も曲がっておらず、がっしりとした体つきでどこから見ても男らしくなければならない。
考えつくとすぐ、チュッラダヌッガハは身代わりにふさわしい男を探すため、あちこち歩きまわった。しかしなかなか理想の男は見つからなかった。
だめかもしれない
あきらめかけたある日、たまたま通りがかった織物工場で、まさしく理想にびったりの男を見つけたのだ。チュッラダヌッガハは胸を躍らせながら、怪しまれないように男のそばへ歩み寄った。そして相手を脅かさないように、気をつかいながら尋ねた。
たいへんぶしつけですが、なんというお名前ですか
わたしですか。わたしは、ビーマセーナといいます」
男は答えた。
あなたのようにりっぱでそのうえ美しい体を持った人が、どうしてこのようなお金にならない、人からきらわれるような仕事をしているのです
食べていけないからですよ。仕方なく織物職人をしているのです
それを聞いてチュッラバヌッガハは男の手を取った。
今すぐこの仕事を辞めなさい。今よりももっとお金になる仕事を、わたしといっしょにやりましょう
そう言って、自分は弓術ではだれにも引けを取らない腕を持っていることを話し、
今まで自分が描いてきた考えをビーマセーナに伝えた。
わたしの言うとおりにしなさい。必ずお金持ちになれるし、幸せになれるから
しかし、もし王さまにあなたのことを尋ねられたら、どう答えれば、、、
弟子だ、と答えればいいのです。後はすべてわたしに任せておきなさい
王様に謁見
チュッラダヌッガハはビーマセーナを連れてバーラーナシーの都にもどり、王を訪ねた。
二人は王宮の門の前に立ち、門番に王への取り次ぎを頼んだ。
入るがいい
二人は、宮殿の中の王の前へ通された。もちろんチュッラダヌッガハは 、ビーマセーナの弟子として、後ろから従うようについていった。王はビーマセーナの顔を見て尋ねた。
お前たちは、なんの用でわたしに会いにきたのだ
ビーマセーナはもったいぶった口調で答えた。
王さま、わたしは天下にただ一人といわれた弓術士です。わたしをぜひ、王さまの家来として雇っていただきとう存じます
なるほど。で、どれほどの給料が欲しいのだ
そうですね。半月に千金でもいただければお仕えしましょう
半月に千金といえば、これまで男が働いて得る金の十倍はあった。
よかろう。ところで、お前の後ろにいるもう一人の男はだれだ
王さま 、こいつはわたしの弟子でございます。どうぞお気にとめないでください
うまく話がまとまり、思いもかけぬ大金で王に仕えることになったビーマ七ーナは、ほくほく顔であった。なにか事が起こっても、チュッラダヌッガハが代わってうまく解決してくれた。日常の仕事も彼がすべて処理してくれた。ビーマセーナはいつも威張っているだけでよかった。
トラ退治
そんなある日のことであった。森の中に一頭の大きなトラが現れ、通りかかった人を食い殺してしまったのだ。それも一度や二度ではなかった。何人もの犠牲者が出て、だれも森へ近づくことができなくなった。
王はビーマセーナを呼び寄せて、トラ退治を命じた。
お前のすばらしい腕があれば、トラを捕らえることぐらい節単だろう。頼むぞ
ビーマセーナは得意満面で答えた。
王さま、わたしは世界一の弓術士です。トラの一頭ぐらい、すぐ捕らえてみせます
しかし、男にはなんの考えもなかった。いつものようにチュッラダヌッガハに相談した。
こんな難題を持ち出された。どうすればいいだろう
チュッラダヌッガハはうなずき、そして言った。
まず、村の人々をたくさん集め、それぞれに弓を持たせるのだ。トラがほえながら立ち向かってくるのを見たら、すぐ近くの茂みへ逃げ込みうつ伏せになってじっとしているのだ
なるほど、、、
人々は立ち向かってくるトラを見て、いっせいに弓を射るだろう。たくさんの弓の前に、トラはひとたまりもないはずだ。必ず射抜かれて死ぬに違いない。その時、君は慌てずに茂みの中から出てくるのだ。一本のつる草を持って、、、
つる草を
そうだ。つる草を持って死んだトラのそばへ行き、こう言うのだ。
『やいやい、このトラを殺したのはだれだ。わたしは、このトラを生け捕りにし、つる草で縛って王さまの所へ連れていこうと思っていたのだ。ところがどうだ。わたしが茂みの中に入ってつる草を採っている間に、だれかがトラを射殺してしまった。だれがこんな勝手なことをしたのだ 』と
なるほど
君の言葉を聞いて、人々は恐れおののいてこう言うだろう。
『どうか、王さまにはこのことをおっしゃらないでください。黙っていてくださるなら、いかほどのお礼でもいたします』と。
そしたられば、射殺されたトラを持って王さまの所へ行けばいいのだ。王さまはトラを捕らえたのは君だと信じ、それにふさわしいほうびを、たくさんくださるだろう
ビーマセーナは教えられたとおりにして、王からたくさんのほうびをもらった。
ビーマセーナのうぬぼれ
それからまた幾日かたったある日のこと、野牛が出て暴れ回っているといううわさを聞いた王はビーマセーナに野牛退治を命令した。ビーマセーナはトラを捕らえたときと同じように、チュッラダヌッガハから教えられた方法でうまく事を処理し、またまた王からたくさんのほうびをもらった。
次から次へと、思うように事が運んだ。ビーマセーナに慢心が芽生えた。
彼は自分で得た力でないにもかかわらず、それを自分の力だと思い違いをしてしまい、しだいにチュッラダヌッガハをばかにするようになった。
今までやってきたことは、みんなわたしがやってきたのだ。なにもあなたのおかげじゃない。実際あなたは、口でいろいろ言うだけでなにもしてないじゃないか。わたしの後ろについてくるだけじゃないか
チュッラダヌッガハは、そんなビーマセーナを心配そうに見つめた。
折も折、敵の国が攻め寄せてきた。
『国を明け渡すか、それとも戦いをするか、いずれかを返答せよ』
敵国は使者を使って通告してきた。王は、トラをやっつけ、野牛を退治したビーマセーナのことが頭の中にあったから、なんのためらいもなく全軍に命じた。
戦え!!!!
もちろん、ビーマセーナを先頭に立てて戦いにいどむつもりだった。ビーマセーナは王から戦いの先頭に立つことを命令されたが、チュッラダヌッガハには、一言も相談しなかった。
ビーマセーナは武装した。自分の乗る象もしっかり武装させることを忘れなかっだが、ビーマセーナは不安だった。不安だったが、今さらチュッラダヌッガハに相談することはできなかった。
チュッラダヌッガハはビーマセーナのおどおどした目を見て、なにか起これば守ってやるつもりで、黙って後ろに従った。
ビーマセーナは象の背に乗り、国中の期待を一身に受けながら城門を出た。わずかばかり進軍すると、もうそこは戦場であった。先頭に立って勇ましく城を出たまではよかったが、
ひょっとすると、真っ先に敵の弓矢を受けて殺されるのは自分かもしれない。
そう思うと、言いようのない恐怖がビーマセーナの体を締めつけた。全身は震えだし、何度も象から落ちそうになった。象の背中は彼の小便でぬれた。チュッラダヌッガハは、その男の姿を後ろからじっとながめながら、深いため息をついてつぶやいた。
最も強く 賢い者は
自分をおいて ほかにない
ちょっと前には そう言って
大言壮語 したはずの
お前の体は 打ち震え
象に小便 漏らしてる
ビーマセーナよ 慢心を
捨てて 謙虚にものを見ろ
言ってることと やることの
あまりの違い 恥を知れ
チュッラダヌッガハはビーマセーナの肩に手をやって言った。
わたしがついているのにどうしてそんなに恐れおののくのだ。さ、もういいから、家へ帰りなさい。後はわたしがうまくやっておくから
ビーマセーナはチュッラダヌッガハの言業を聞くと、すぐ戦場を逃げ出した。チュッラダヌッガハは、戦いの先頭に立って敵の陣営を破り、おまけに敵の王まで捕らえて城へもどってきた。
王はビーマセーナのことを聞いて、チュッラダヌッガハに言った。
なぜお前は姿かたちにとらわれたのだ。たとえ姿かたちがどうであろうと、本当に力と知恵を身につけた者こそ尊いのだ。そうではないか
王はチュッラダヌッガハに地位と名誉と財産を与え、彼をたたえた。チュッラダヌッガハはビーマセーナに生活できるほどの財産を贈り届け、その後、布施その他の善行を積んだという。
バーラーナシー:漢訳では波羅奈国(ばらな・こく)と音写。中インドの古国で都は現在のベナレスにある。
ブラフマダッタ王:ジャークカを中心とする古譚中にしばしば登場する架咲の人物で、バーラーナシーを支配した慈悲深い王とされる場合が多い。
タッカシラー:現在のタキシラ。古来より北西インドの文化の中心地の一つで、西方世界、中央アジア、さらには中国などとの交流の重要な拠点であった。