昔、バーラーナシーの都の近くを流れる川の岸辺に、一本の木が立っていた。その木には樹神が宿っていた。この話は、その樹神が見た出来事である。
川辺の茂みの陰に、マーヤービンという名の山犬が、若い妻といっしょに住んでいた。ある日、山犬の妻が夫に言った。
あなた、なんだかわたし、今日は無性に赤い魚が食べたくなりました。取ってきてくださいますか。
よし、なんとかして赤い魚を取ってきてやろう。待っていなさい
しかし、川の中で泳いでいる魚を山犬が取れるわけがなかった。足をつる草にひっかけながら、それでもマーヤービンは、ずんずん岸に沿って進んでいった。
ちょうどその時、ガンビーラチャーリンとアヌティーラチャーリンという名の二匹のカワウソが岸辺から流れをにらんで、魚を探していた。間もなくガンビーラチャーリンが、大きな赤い魚を見つけて水に飛び込み、その尾に食いついた。しかし、赤い魚は死に物狂いの力を発揮し、カワウソを引きずって泳いでいった。ガンビーラチャーリンは、慌てて岸辺にいる仲間に向かって叫んだ。
おおい。大きすぎて、わたしだけではとても無理だ。引きずられてしまう。助けてくれえ。
そして、なおも川面を引きずられながらうたを唱えた。
急げわが友 アヌティーラ
助けれくれよ 早く来て
わたしは大魚を 捕らえたが
引きずられるは わたしのほう
これを聞いた仲間は、すぐにうたい返した。
ねばれわが友 ガンビーラ
力いっぱい つかんでいろよ
竜を捕らえる ガルダのように
すぐにわたしも 手を貸すぞ
そこで二匹のカワウソは、力を合わせて赤い魚を岸に引き上げ、陸の上に置いてかみ殺した。ところが公平に等分する方法が見つからず、言い争いになった。二匹のカワウソは魚を前に座り込み、にらみ合っていた。
そこへ、山犬がやって来た。カワウソたちは山犬を見ると、良いところへ来たとばかりに話しかけた。
ダッパ草の花の色をしたマーヤービンよ。わたしたちは力を合わせてこの魚を捕まえたのだが、うまり分け方が見つからず困っているんだ。二人とも損のないよう公平に分けてくれないかね
そして次のうたを唱えた。
ダッパの花の 色をした
通りがかりの 山犬よ
我らに起きた 争いを
調停してくれ 今すぐに
二匹が文句の ないように
この言葉を聞いて山犬はにんまり笑った。
わたしは昔 裁判官
多くの事件を 裁いたものだ
調停しよう 争いを
すぐに決着 つくだろう
こう言いながら、山犬は鋭いつめと鋭いきばで赤い魚を切り分けながら、うたを唱えた。
君は尾を取れ アヌティーラ
君は頭だ ガンビーラ
切り分け難い 真ん中は
裁判官が いただこう
このように赤い魚を分配して、
さあ、君たち、仲良く尾と頭を食べなさい
と言って、胸と腹の真ん中の部分を口にくわえて、いちもくさんに駆けていってしまった。二匹のカワウソは、ようやくだまされたことに気づいたが、もとはといえば、けんかをした自分たちが悪いのだ。残された魚の頭と尾を前に、しょんぼりと座ったままつぶやいた。
つまらぬ争い しなければ
腹いっぱいに 食えただろう
頭と尾だけの 赤魚
あとは山犬 持ち去った
一方、赤い魚をくわえて帰ってきた夫を見て、山犬の妻は、喜び叫んだ。
あたかも武士が 王国を
戦い取って 喜ぶように
獲物をくわえた 夫を見て
妻のわたしは 幸福です
妻はそれにしても、川の中にいる魚をどうして捕まえたのかと不思議に思い、問いかけた。
陸が住みかの 山犬が
水が住みかの 赤魚
どうして捕獲 できたのか
わけを教えて くださいな
マーヤービンは、得意げに答えた。
争いは生む 貧乏を
争いが消す 財産を
争い続けた カワウソは
わたしに取られた 赤魚