甲虫になった王妃

悲しみに暮れる王

昔、カーシ国のポータリという町にアッサカという王がいた。王には多くの妃がいたが、ウッパリーという彼の第一王妃は、愛らしく魅力的で、ほかに並ぶ者がないほど美しかった。
しかしその王妃が急に病気になり、この世を去ってしまった。王は悲しみの底に沈み込んだ。彼は王妃の亡きがらを棺に横たえ、その中に油やどろを詰め込んで自分の寝台のそばに置いたまま、食事もせず、悲しみに暮れていた。

王さま、そんなに悲しみ嘆かないでください。生きているものはみな死ぬ運命なのですから。

王の両親や親類、友人、大臣などが慰めたけれど、だれ一人王の悲しみを忘れさせることはできなかった。こうしている間に何日かが過ぎていった。
ヒマラヤ地方に住んでいる仙人が、その天眼でこの世のすみずみまでながめ回していると、アッサカ王が嘆き悲しんでいるのが分かった。

わたしは王を救ってやらなければならない

仙人は空を飛び、王の庭園に降り立った。そして平たい石の上に、黄金でできた神の像のように座っていた。そこへ、一人のバラモンの若者がやって来て、仙人にあいさつした。仙人は若者に尋ねた。

王の行いは正しいか

すると若者は言った

はい、尊いお方、王さまは正しいお方です。けれどお妃さまが亡くなられてからは、悲しみに沈んでおられます。
どうか王さまの苦しみを取り去ってあげてください。あなたのような尊いお方がこの世にいらっしゃりながら、王さまがあのように苦しみを受けるのはお気の毒です

仙人は答えた

わたしは王の友逹ではない。だが、もし王が知りたいなら、王妃の生まれ変わった所を教えてあげるし、その王妃と話ができるようにもしてあげられる

若者は大喜びで手をたたいた。

それでは早速王さまをここへ案内してきます。待っていてください


もう一度会いたい

若者は大急ぎで王の所へ行き、このことを知らせた。

王さま、庭園に仙人が参りました。神通力で、生まれ変わったウッパリーさまともお会いできるのだそうでございます。早く参りましょう

なに、ウッパリー妃ともう一度会うことができるのか

王はうれしさに目を輝かせた。その顔から、悲しみは消え去った。王は若者に連れられて庭園に下り立ち、仙人の所へ歩み寄った。

あなたは本当にウッパリー妃の生まれ変わった姿を知っておられるのか

王は心せく思いで仙人に尋ねた。

知っております。王さま

それなら 、どこへ行ってなにに生まれ変わったのか、早く教えてほしい。なにに生まれ変わろうと、美しさは変わらないに違いないと思うが。

王がこう言うと、仙人は静かに答えた。

王さま、ウッパリー妃は人間でいらっしゃる時、ご自分の美しさを誇っておられて、善い行いをすることを忘れていました。
ですから王妃さまは、この王宮の庭の、牛のふんを食う甲虫の胎内からお生まれになりました。

王は顔をしかめた。

なにを言うのだ、あんな汚い虫がウッパリーであるわけはない。うそだ。

王は手を振って荒々しく言った。

そんなばかげた話を信ずるものか、やはりわたしは妃の亡きがらのそばへもどる

帰りかける王を引き止めて、仙人は言った。 

では 、ウッパリーさまを呼んで、その声を聞かせてあげましょう

王は思い直した。

よろしい、それならわたしにウッパリーの姿を見せてくれ、声も聞かせてもらいたい


すべては移り変わる

仙人は王宮の広い庭を見渡し、とある一か所に向かって叫んだ。

二匹の甲虫よ、牛のふんのかたまりを転がしながら王さまの前へやって来い

すると、言われたとおり、二匹の甲虫が牛のふんで作った丸いかたまりを、えっさ 、えっさと転がしながら王の前にやって来た。仙人は雌の甲虫をさして言った。

王さま、これがウッパリー妃です。ご覧なさい。
あなたを捨ててしまって、今では牛のふんを食う甲虫の妻になっています。

王は二匹の甲虫を見たが、汚い虫だとつばを吐いた。

わたしにはウッパリー妃が牛のふんを食う甲虫に生まれ変わったなんて、考えられないよ

王は顔をそらした。

それでは王さま、話をさせましょう

仙人が言うと、王は振り返った。

よし、話をさせてくれ

ウッパリーよ

仙人は呼びかけた。すると甲虫の妻は人間の言薬で答えた。

なんですか

それはウッパリー妃と全く同じ、鈴を鳴らすような美しい声だった。

お前は前の世では、なんという名前だったか

わたしはアッサカ王の第一の妃で、同じウッパリーという名前でした

王は足元の、牛のふんにまみれた雌の甲虫を見つめた。

では聞くが、お前はアッサカ王がいとしいか。それとも牛のふんを食う甲虫の夫が好きなのか。

甲虫は丸い牛のふんのかたまりにつかまりながら、王の姿を見上げた。そして王妃の時と同じ声で答えた。

わたしは、前の世では王さまに愛されて、幸せに楽しく暮らしましたわ。
けれど、今のわたしに前の世のことなどなんになりましょうか。
今では、牛のふんを食う甲虫の夫がいとしくてなりません。

そう言った後、ウッパリーは、人々に取り囲まれた真ん中で、次のようにうたを唱えた。

新しい  苦しみ悩み楽しみを 

わたしは送る  今の世で

昔はすでに  断ち切られ

いとしい夫の  甲虫と 

楽しく送る 生活は

アッサカ王と 比すべくもなし

ああ  いとしい恋しい我が甲虫

これを聞いたアッサカ王はその場に立ち尽くし、言葉もなかった。やがて王は居間にもどり、王妃の死体を早く葬るように侍従に命じた。その後、アッサカ王はほかの女を第一の妃として、正しく国を治めた。仙人は王の悲しみをなくした後、ヒマラヤヘ帰った。

ジャータカ207

『仏教説話大系』第4巻「甲虫になった王妃」より
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