毒入りの蜜

昔、バーラーナシーの都に大勢の隊商を率いて諸国を回っているひとりの賢い隊商主がいた。

この時代、商人たちは隊を組んで遠い国へ品物を買いつけに出かけていった。旅の道のりは長く病気の心配や賊に襲われる危険がつきまとっていたので、隊商主にはすべての危険に心を配り、賢明に隊の者たちを導いていく力が必要とされた。

遠い国をめざして進むうちに、隊商はある大きな森の入り口にさしかかった。昼でも暗く不気味なこの森には、グンビヤという悪知恵にたけた夜叉が住んでいた。この夜叉は人間の肉がなによりの好物であった。


隊商主は森の入り口で止まり、部下の者たちに注意を与えた。

この森には毒のある木の葉や果物がいっぱいある。見慣れないものには手を出さないように。どうしても食べたいときは、必ずわたしに見せて安全なものがどうか尋ねてから食べなさい。

森に住む夜叉が毒入りの食べ物を道端に置いておくこともあるから、くれぐれも注意するように。

さて、グンビヤのほうは舌なめずりをして隊商の一行がやって来るのを待っていた。グンビヤは早速森の真ん中に木の葉を敷きつめた。そして、猛毒を仕込んだ蜜をその上に置いた。これは、心ある人たちが旅人へ施し物をするときのしきたりとそっくり同じ方法であった。
獲物がこの蜜のわなにかかるまでの間、グンビヤは農夫に姿を変えて焚き木を拾い集めがら歩いていた。

森に入ってきていた隊商の何人かがこの蜜を見つけ、すぐさま手に取った。

ありがたい。これは施しとして置いてくれた物だろう

彼らのうちのひとりはそう言って疑うこともせず夢中で蜜を食べ、毒にやられてあっという間に死んでしまった。それを見届けるや、グンビヤとその一味がたちまち死体にむさぼりついた。

蜜を持ったまま隊商主を待っていた二、三人の者たちは、命拾いしたのであった。


中には我慢できず半分ばかり食べてしまい、もがき苦しんでいる者もいた。隊商主はすぐに薬を飲ませ、毒をすっかり吐かせてしまった。そして体力を回復させるために特別にとってあった蜜を飲ませたので、彼らはなんとか命拾いをしたのであった。

隊商は急いで森を抜け出し、やがて望み通りの品物を買いつけて国へ帰った。この時隊商主は部下たちに向かってうたを唱え、教え諭したのであった。

毒には甘い ハチ蜜の

色と香りと 味がある

えさを求める グンビヤが

森にしかける 甘いわな

甘い色香に だまされて

これを食べれば 死に至る

よく考えて この毒を

避けた者のみ 無事を得る

それと同じく 人間の

諸欲も毒の ようなもの

欲に縛られ 従えば

心はたちまち 死に至る

人を悩ます 煩悩の

もとなる欲を 見極めて

これを避ければ 執着の

根を断ち切って 楽を得る

ジャータカ366

『仏教説話大系』第7巻 「毒入りの蜜」
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