黒牛の恩返し

昔、バーラーナシーの都の近くの村にひとりの老婆が住んでいた。
ある時、旅人がやって来て老婆の家に一晩泊めてもらったものの宿賃も持ち合わせがなく、代わりに一頭の子牛を置いていった。独り暮らしの老婆はこの牛を我が子のようにかわいがり、乳がゆを食べさせたりブラシをかけたりして大事に育てた。子牛は日に日に大きくなり、つやのある毛並みの美しい黒牛に成長した。

家にいるときも出かけるときも黒牛は老婆の後をついて歩き、人々からアッヤカーカーラカ、つまり『ばあさんのほくろ』と呼ばれたほどであった。

黒牛は美しいうえにおとなしく、また行儀も良かったので近所の子供たちもすっかり懐き、角にぶら下がったり背にまたがったりして遊んだ。満ち足りた日々を送りながら、黒牛はふと考えた。

おばあさんは金持ちでもないのに、今日までわたしを苦労しながら育ててくれた。なんとかしてお礼ができないものだろうか。

それ以来、黒牛はそのことばかり考えるようになった。


そんなある日、五百台もの荷車を率いた隊商が村を通りかかった。川の渡し場を渡ろうとしたが、流れが速いうえに川底はひどくでこぼこしていて、車はギシギシ音を立ててきしむばかりであった。車を引いていた牛たちは、すっかり疲れきって前へ進もうとしなくなった。

これは困ったぞ

隊商主が思案しているところへ、黒牛が通りかかった。隊商主は商売がら牛を見る目が肥えていたので、この若々しい黒牛を見るなりその力を見抜いたのであった。

うむ、あの体つきといい毛のつやといい、並々ならぬものがある。あの牛ならこの車を向こう岸に運ぶことができるに違いない。

隊商主は近くに居合わせた村人に牛の持ち主を尋ねた。村人は、今牛の持ち主はここにはいないが、渡し場を渡るくらいなら牛を使ってもさしつかえなかろうと答えた。

そこで、隊商主は早速黒牛を車につないだ。ところが、どうしたわけか黒牛は岩のように動こうとしなかった。黒牛は、今こそ報酬をもらって老婆に恩返しをする良い機会だと考えたのである。報酬の金額をはっきりしてくれるまではてこでも動くまいと思って、足を踏ん張っていた。

この黒牛の気持ちを察した隊商主は、黒牛に向かって話しかけた。

なあ、りりしい姿の黒牛よ、お前さんがわたしの五百台の車を向こう岸まで引いてくれたなら、お礼はたっぷりさせてもらうよ。
そうだな、一台につき二金、五百台で千金払おう。

黒牛はしばらく考えてから、まあよかろうというように体を動かし始めた。そして、一気に五百台の車を引いて向こう岸へ渡したのであった。黒牛があまりに簡単に渡したので、拍子抜けした隊商主は一台につき一金として、五百金を包んで黒牛ののどに結びつけた。

ところが黒牛は、それでは約束が違うぞとでも言うように今渡したばかりの車の前に立ちはだかって、隊商たちの行く手を阻んだのである。

なんて賢い牛なんだろう

すっかり恐れ入った隊商主は、約束通りもう五百金を足して金の包みを結び直した。


黒牛は木の包みを首に下げ、喜んで家へ向かった。その姿を見た村の子供たちは、

おや、何か首につけているぞ

と言いながら駆け寄ってきた。いつもはおとなしい黒牛だったが、この時ばかりは飛びのくようにして子供たちを避け、真っすぐ老婆の家へもどったのであった。

家に着くと、力仕事をしたせいで黒牛の目は血走り、息も荒かった。その様子に驚いた老婆が黒牛に歩み寄り、体をさすってやろうとして首の包みに気づいた。開けてみると、千金もの大金が出てきたのである。

どうしてお前がこんな大金を持っているんだい。いったいなにがあったのいうの。

老婆はおろおろして村の人々に聞いて回った。さっきの出来事を見ていた村人が老婆に事の次第を伝え、そして言った。

ばあさんがいつも一生懸命かわいがってくれるのがうれしくて、きっとなにかお礼がしたかったんだろうよ。

これを聞いた老婆は急いで家に帰り、黒牛の体を湯で洗い流して香油を塗り、力のつく食べ物を食べさせた。

お前はおばかさんだねえ。お前のその気持ちだけでわたしは十分にうれしいんだよ。無理をしてけがでもしたら、わたしは心配でそれこそ寝込んでしまうよ。

お礼なんてことは考えずに、いつまでも元気でわたしのそばにいておくれよ。

こう語りかけながら、老婆は黒牛の体をさすってやったのであった。

それ以後も老婆と黒牛は実の母子以上にむつまじく、いたわり合って暮らし続けたという。

ジャータカ29

『仏教説話大系』第7巻 「黒牛の恩返し」より
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