タカとその友達

昔 、バーラーナシーの都の外れに、大きな湖があった。湖畔のカランバ樹のこずえに、タカの夫婦が住んでいた。この夫婦には、二羽の生まれたてのヒナがいた。夫婦はこのヒナをたいそうかわいがっていた。

同じ湖の北側には百獣の王といわれるライオンが住み、東側には鳥の王といわれるミサゴが住んでいた。湖の中ほどには一つの島があり、そこには大きなカメの親子が住んでいた。これらの湖の周りに住む動物たちは、お互いに信頼し合い、深い友情で結ばれていた。


ヒナのピンチ

そのころバーラーナシーの郊外の猟師たちは、よく森や林を駆け回っては、鳥やシカを殺し、その肉を売って暮らしていた。
ある時、彼らはいつものように一日中森の中を獲物を探して歩いていたが、一匹の獲物も捕ることができず、くたくたに疲れ果てて、タカの住んでいるカランバの木の下でぐったりとして休んでいた。
体を横にしてひとまず眠ろうとするのだが、ブーンブーンと低いうなり声を立てて蚊が飛んでくるので、うるさくてちっとも眠ることができなかった。

なんて蚊の多い所なんだ

耳障りで眠れやしないよ

木の枝でも燃やして、蚊いぶしでもするとしようか

彼らはぶつぶつ言いながら木の枝を集め、火をつけた。
カランバの木のこずえでぐっすりと眠っていた小さなヒナたちは、下から燃え上がってくる煙にむせて息苦しくなり、むずがって鳴き始めた。

しめしめ、これでやっと眠れるぞ

猟師たちは火が燃え、もくもくと煙が広がり始めたので、安心して目をつぶると、今度はどこからか鳥の声が聞こえるような気がした。

あれっ、どこかで鳥が嗚いているぞ

おれもそんな気がする。あれはたしか鳥の声だ

じっと耳を澄ましてみると、どうやらその声は、自分たちの目の前のカランバ樹のこずえの辺りから聞こえてくるのだった。

おい、この木の上の方に鳥の巣があるんだ

しめた、もっと強く火をたこう。そして煙を立てて鳥をいぶし出そうじゃないか

やっと柔らかいヒナ鳥の焼き肉にありつけるってわけだな

彼らは眠ることなど忘れて、いっそう勢いよく火をたき始めた。

トリの王・ミサゴ

こずえでは、煙にむせて苦しがるヒナをなだめながら、タカの妻が夫にうたで訴えた。

我らが住みかを  煙に巻き

かわいいヒナを  食べようと

鬼の猟師が  迫りくる

ミサゴに告げよ 我が夫

我らの危機を 知らしめよ

夫は聞き終わらぬうちに巣をけり、夜空に舞い上がったかと思うと、全速力で 、ミサゴのもとへ飛んだ。ミサゴの巣に着くや否や、息せききってうたいかけた。

暗い夜空を  まっしぐら

あなたを頼って  飛んできた

勇姿優れる 鳥王よ

我らを助けよ 鳥王よ

我が子を食べんと  猟師らが

今にも我が巣に  迫りくる

ミサゴは驚いて夕カを見た。よほど急いで飛んできたのだろう。羽はまだ震え、声はかすれて苦しそうだった。ミサゴは夕カにうたい返した。

タカよ我が友  恐れるな

すぐさまわたしも  行きましょう

友の不幸は  わたしの不幸

見過ごすことは  できません

ミサゴはすぐさま 、タカと連れ立ってカランバの木のそばへ飛んできた。そしていったん隣の高い木に上って、じっと猟師たちの様子をながめていた。

猟師の一人は、手にたいまつを持ってするすると木を登り、こずえにあるタカの巣に手を伸ばしかけた。その時ミサゴは、矢のように速く湖に飛んでいき 、ザブリと湖の中に体を浸した。
そして両方の翼にたっぷりと水を含ませ、くちばしにも十分水を含んだと思うと、さっと猟師のたいまつめがけて飛んでいきジューンと一息にその火を消してしまったのだ。

一瞬のことに驚いた猟師たちは、ミサゴを見上げながら言った。

なんて、いまいましい鳥だ。いきなりやって来てこの始末だ。
おい、鳥なんかに負けずにもっと火を燃やして、どんなことがあったってあのタカのヒナを捕らなくちゃ猟師の名折れだ。意地でも捕ろう。

彼らはまた、たいまつを作り直し、中の一人が木に登り、ヒナのいる巣のすぐそばまでたどり着いた。
が、また黒い矢のようにミサゴが飛んできてまるで大きな滝のように勢いよく水をかけた。鳥を食べたい一心で、猟師は懲りずに火を起こす、するとミサゴが一瞬に消してしまう。やけになってまた火を燃やす、またもミサゴが水をかける、こんなことを何十回も繰り返し、とうとう真夜中になってしまった。


次なる助っ人

ミサゴの疲労は限界に達していた。羽のつけ根から血がにじんでいた。はらはらしてこの様子を見守っていたタカの夫は、ついにたまりかねてミサゴにうたいかけた。

哀れみの  心に満ちた鳥の王

命をかけて  我々に

尽くしてくれる  お姿に

感謝の涙が  止まりません

さあ休みなさい  鳥の王

戦えません これ以上

自分の命を 落とします

ミサゴの目は疲れ果てて、火よりも血よりも赤くただれていた。このままでは、タカのヒナより先にミサゴが疲れて死んでしまうかもしれない。タカは、ミサゴの友情で胸がいっぱいだった。しかしミサゴは、まるでほえるような声を立てて答えるのだった 。

友を守る  そのために

わたしの命が  滅んでも

わたしは  少しも恐れない

それがほんとの  友情だ

わたしは死んでも  本望だ

タカはミサゴをいたわりながら、まだ次の作戦を考えている猟師たちを横目に、全身の力を込めてカメの所に飛んでいった。そして助けを請うために 、うたを唱えた。

我が子が猟師に  ねらわれて

今にも殺され かけている

助けのミサゴも 疲れ果て

あなたを頼って 飛んできた

これを聞いたカメは、むっくりと起き上がり、力強い声でタカに答えた。

大事な友よ  朋友よ

あなたの役に  立つのなら

わたしは勇んで いきましょう

あなたとあなたの ヒナのため 

カメの声は力強く響いて、傍らにぐっすり眠っていた子ガメがその声で目を覚ました。子ガメはタカの危機を知ると目を輝かした。

わたしが行きます  お父さん

子は父のため  尽くすもの 

あなたの代わりに 役立って

かわいいヒナを 守りましょう 

それを聞いて、父がうたい返した。

お前の気持ちは  うれしいが

今夜はわたしの  大きな体

タカのお役に 立つだろう

驚き恐れ  おののいて

恐らくヒナを  害すまい

心配する息子に親ガメは優しく答えると、すぐさま湖の底に潜り、底の泥をいっぱい集めた。それからむっくりとたき火の方へ歩いていったかと思うと、その泥を火にバサッとかけて、大きな体ごとその上に座り込んでしまった。 赤々と燃え盛っていた火は、ジューンと音を立てたちまち消えてしまった。
猟師たちは血相を変えて怒ったが、次の瞬間、にやりと笑って言った。

おい、見ろよ、飛んで火に入る夏の虫とは、こういうことを言うのだぜ。
あのちっぽけなタカのヒナと比べると、このどす黒い大ガメは何十倍もの肉を持ってるぞ

そうだそうだ、みんなでこのカメを転がして殺し、腹いっぱいカメの肉をいただくとしよう

早速、辺りに生えていたつる草を抜いてくると、ゆうゆうと座り込んでいるカメを縛り、そのうえ自分たちの着物まで脱いでひもの代わりにし、カメにぐるぐると巻きつけ転がそうとしたが、カメの重さは、猟師たちの力ではどうすることもできなかった。
カメがゆっくり立ち上がり湖の方へ歩きだすと、猟師たちはずるずると引きずられ、あっという間に湖の深みに引き込まれた。彼らは湖の水をたっぷり飲まされて、やっとのことで岸にはい上がり、すっかり疲れてしまった。

ああ 、ばかばかしいことだ。たった一羽のミサゴのために、何十回も火を消され、その挙げ句あの大ガメのために着物はなくしてしまうわ、湖の中に引きずり込まれガブガブ水を飲まされるわ、全くついてないよ

猟師たちはびしょぬれの体でぼやいていたが、気を取り直すと、もう一度カランバの木に登ってあのこずえにあるタカの巣を捕ってこようと話し合った。


百獣の王

これを聞いたタカの妻は、絶望的な気持ちになり、ただもう恐ろしくて鳴いていた。そんな妻を見て夫のタカは、湖の北に住む、あの百獣の王ライオンの所へと飛んでいった。

我らが勇者  我が友よ

殺意の恐怖  迫りくる

我らをすぐに  助けたまえ

我が子をすぐに  救いたまえ

百獣の王  ライオンよ

タカの必死の頼みに、ライオンは力強くほえて答えた。

タカよ我が友  恐れるな

友の敵は 我が敵

かわいいヒナを  守るため

全速力で  さあ行こう

百獣の王ライオンは、すぐさま立ち上がると一気に走りだし、湖の中に飛び込んだ。いや、飛び込んだのではない。そのものすごい速さで、湖の水の上をカランバの木のある岸へと駆け抜けていったのである。宝石のように青い水しぶきを上げながら、ライオンは突進した。

そんな様子を岸でながめていた猟師たちは、あまりの恐ろしさにもうすっかりヒナのことなどは忘れ、四方八方散り散りに一目散に逃げていった。

ライオンはタカとともに、カランバの木の下で待っていたミサゴとカメのもとへ行って語りかけた。

今夜のように、わたしたちはいつも友逹の信頼を裏切ることなく、信じ合い、助け合い、いつまでもよい友達同士でありたいね

動物たちはいっそう強い友情を約束して帰っていった。
タカの妻は、夫の友逹の厚い友情に感動し、涙をこぼしながらうたを唱えた。

この世の中で  なによりも

美しいもの  強いもの

それは信じて 裏切らぬ

友逹同士の 友情よ

鋼でできた 武器よりも

固く誓った 友情は

どんな困難 苦しみも

防いで守って くれました

ヒナを襲った  突然の

不幸を防いで  くれました

一夜を通し  次々と

わが身の疲れも  省みず

この世の中で なによりも

尊いものは  信じ合う

優しい友を 持てること

その友情が 宝です

今こそ夫と  その友の

ライオン ミサゴ  そしてカメ

信頼おける  友情の

輝くあかしを  立てました

賢く強い  友を持つ

夫のおかげで  ヒナたちは

今喜びの  声で嗚く

その後も、ライオン、ミサゴ、カメとタカの友情は絶えることなく、生涯友逹としての信頼を守り通した。

ジャータカ486

『仏教説話大系』第4巻 「タカとその友達」より
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