サンカの施し

バーラーナシーの都がまだモーリニーと呼ばれていたころのことである。サンカという名の大金持ちがいた。たいへん徳の高い人で、貧しい人々や旅人に施しをすることを喜びとしていた。ある日彼は考えた 。

今、わたしには金銀の財宝などの財産があるので、このようにばくだいな施しもできる。しかしやがて、財産が尽きてしまえばそれきりになってしまう。金品が尽きないうちに、船で外国へ渡り、商売のための品物を買い入れてこよう。

彼は妻や息子たちに、自分の留守の間も布施を絶やさないように、よく言い聞かせた。それから数人の従者を伴い、かさをさしかけさせ、くつを履いて旅立った。そうでもしないと、焼けつくような暑さで到底歩くことができなかったのである。


仏さまのある作戦

さてこの時、ヒマラヤでは一人の辟支仏(びゃくしぶつ)(※)と尊称される修行者が、神通力を使ってサンカの旅立ちについての一部始終をじっと見ていた。辟支仏にはその神通力によって 、サンカがやがて乗り込む船が海上で難破することが分かっていた。

さて、どうやってあの徳の高い男を助けてやろうか

辟支仏はいろいろ案を考えた。

そうだ、わたしはこれから彼の近くに姿を現そう。信心の厚い彼はあのかさとくつをわたしに施すだろう。
彼が海上で苦難に辿ったとき、わたしはその礼ということで彼を救ってやることができるというものだ。

辟支仏は一瞬の間に空を横切り、サンカの近くに降り立った。その辺りは激しい風が砂を巻き上げて吹きすさんでいた。また足元の砂は焼けて、まるで石炭を燃やしたように熱せられていた。
このひどい地さの中を、辟支仏はサンカの方へ近づいていった。辟支仏の姿を目に留めたサンカの心は、喜びでいっぱいになった。サンカは清い心と澄んだ目の持ち主であった。
その彼の目は、辟支仏の姿を見ただけで、敬うべき人であることを見抜いていた。そして、この優れた師に施しのできる自分がうれしかったのである。サンカは急いで彼の所へ駆けつけ、恭しくあいさつをして言った。

師よ、どうかこの木の下においでください

サンカは木の下に自分の上衣を広げ、その上に辟支仏を座らせた。きれいな水で彼の足を洗い、呑油を塗ってあげた。また自分の履き物を履かせ、かさをさし出した。

師よ、どうかこれらの物をお使いください。少しは暑さを避けることができましょう。

サンカは信心の厚い人であったから、このように優れた人に会えたことがうれしく、喜びでいっばいになって船の旅に就いた。


女神の焦り

船は六日間穏やかな航海を続けた 。ところが七日目。船の横腹にひびが入った。海水はたちまち船の中へ流れ込んできた。もう水をくみ出すのも間に合わない勢いである。人々は死の恐怖に襲われ、神々に救いを求めて大声で祈りを上げ始めた。

サンカはこの時もむやみに慌てたりはしなかった。一人の召し使いを選び、自分の体に油を塗らせた。それから食べられるだけの食物を食べた。二人はいっしょにマストに登り、モーリニーの方角を判断し、その方角へ向かって泳ぎ始めた。船は間もなく沈没した。ほとんどの人が助からなかった。
二人は夜も昼も力の続く限り泳ぎ続けた。七日間が過ぎた。この間、二人とも塩水で口をすすぐだけで全くの絶食であった。

さてこの時、天界にはマニメーカラーという女神がいた。女神は、天界の神、四天王(※)から命令を受けて海を守る役目に就いていた。
この役目の中でもいちばん大切なのは、難破が起こったときのことである。もしも難破船の中に、徳の高い人物や親孝行の者がいて苦しんでいるようであったらすぐに助けてやらねばならない。
ところがこの女神は、いつもの自分の守る海の平和さに、すっかり油断していた。そこで海を守る役目を怠って、七日間というものぶらぶらと遊び暮らしていた。
七日目にふと海に目をやると泳いでいるサンカが見えた。女神はすっかり慌ててしまった。

あの徳の高い人物がおぼれ死にでもしたら大変だ。わたしは四天王からどんなに非難されることだろう。

女神は恐れおののきながら、金のさらにおいしい食べ物を盛り、サンカのそばへ駆けつけていった。それこそ風のような速さであった。

サンカよ。七日間も食事をとらず、さぞ疲れていることだろう。この食事をとりなさい。

女神は波の上に立ち、サンカに呼びかけた。サンカは波の間を漂い、すでに疲れきっていた。
自分を呼ぶ声に、思わず波の上に目をやった。幻のように美しい女の人が立っていた。しかも両手には、輝く金のさらを持っているではないか。さらには香ばしいにおいをたたえた食べ物があふれるように盛られていた。

さあ、お食べなさい

女神は、再びサンカに食事を勧めた。サンカは自分の幻覚かと思った。しかし確かに、その透き通るような声ははっきり彼の耳に聞こえ、その香ばしいにおいは彼の鼻を刺激している。サンカは弱った自分たちを食べにきた夜叉や鬼のたぐいかもしれないと思った。

商人と女神の歌合戦

どうかその食べ物をお持ち去りください。わたしは断食していますから

サンカはそう言って受けつけなかった。サソカの後ろから泳いでいる召し使いには、女の姿は見えない。聞こえるのはサンカの声ばかりであった。召し使いは、この情け深い主人がくたびれ果てて気がおかしくなり、独り言をつぶやいているのだと思った。

サンカさま、気を確かにお持ちください。こんな疲れのひどいとき、ロをきいたりしますと、もっとお疲れになります

心配することはないのだよ。お前には見えないだろうが、今わたしの前には、金のさらを持った美しい女の人が立っている。食べ物をくださると言うのだが、わたしはお断りしたのだ。わけの分からない人から食べ物をいただくわけにはいかないからね

召し使いはしばらく考えてから言った。

ご主人さま、確かにそれは夜叉のたぐいかもしれません。でもいったいどういうお方であるか、質問してからでも悪いことはないと思いますが

なるほど、それもそうだとサンカは思った。そこでうたを唱えて質問をした。

我が目の前に  現れた

美しき人  麗人よ

食事をせよと  言われるが

あなたは女神か  人間か

彼女は自分が疑われているのを知り、驚いた様子できっぱりと答えた。

サンカよ  わたしは女神です 

邪悪のものでは ありません

あなたを捕らえる 海原へ 

わたしは救いに きたのです

ここに食事と いすもある

サンカよ  ほかにも願うこと

なんでもかなえて  あげましょう

サンカは再び尋ねた。

あなたはどうして、そのようにわたしを助けてくださるのですか。あなたが優しい方だからですか。それともわたしになにか善い行いがあったからでしょうか

女神はサンカがまだ少し自分を疑っているのが分かった。そこでここに助けに現れたわけを、うたによって知らせた。

熱砂の中で  疲れきり

足を痛めた  辟支仏

サンカよ  あなたは履き物を

真心もって  施した

あなたの尊い  行いの

果報がわたしの  救いです

サンカはすっかりうれしくなった。

あんなわずかな、たった一足の履き物が、このような大きな報いとなるなんて。

あのことがそんなに辟支仏を喜ばせたのかと思うと、なおうれしかったのである。サンカもうたによって自分の望みを女神に伝えた。

水が瀬らずに  木製の

追い風受けて  疾駆する

船をわたしは  望みます

今日こそ着かせよ モーリニー

その願いはすぐかなえられた。波の上に、金銀で飾られた、幻のように美しい船が浮かんだ。サンカと召し使いはその船に乗り込んだ。船はすばらしい速さでモーリニーの都ヘ着いた。しかも船の中には、いつの間にかぎっしりと財宝が積まれていた。このためサンカは一生裕福で、貧しい人々にいくら施しをしても、その財は尽きることがなかった。

ジャータカ442

『仏教説話大系』第4巻 「サンカの施し」より

※辟支仏(びゃくしぶつ):縁覚。独覚ともいい、師匠がなくて自分一人で修行し、悟りを得た者。寂静な孤独を好み、その悟りを人に説くことはしない聖者。

※四天王:持国、増長、広目、毘沙門の四神で帝釈天に仕え、仏法と仏法に帰依する人を守護する護法神。須弥山の中腹に住むという。

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