荒らされた森

昔、ある森に二人の樹神が住んでいた。その森の中には、恐ろしいライオンやトラがたくさんいて、いろいろな獣を殺しては食べていた。食べ飽きた死体は辺り構わず転がしたままにしておくので、森の中は、腐った死体のにおいでいっぱいだった。
この危険な森には、だれ一人として近づこうとする者はいなかった。

ある日、愚かな樹神は物の道理もわきまえず、賢い樹神に当たり散らした。

ライオンやトラのせいで、わしたちの森は、腐った死体のにおいでいっぱいだ。こんなことでは毎日が不愉快で仕方がない。
あんたはどう思っているかは知らないが、わしはあいつらを追い払ってやるのだ。

賢い樹神は答えた。

彼らのおかげで、わたしたちの住まいが守られているのだ。彼らがいなくなると、人間どもは必ず森の木を切り払ってしまうだろう。そして村を作ったりして、わたしたちの住まいは壊されてしまうに違いない。
そうなると、君だって困るんじゃないか。

そう言ってうたを唱えた。

悪友を

選べば平和は 壊される

善い友を

選べば平和は 増すばかり

永遠の平和を 呼ぶ友を

選ぶ知恵こそ 生きる道

我らの暮らしを 守り抜く

善い友をこそ 選ぶべき

物事の道筋を聞かされても、愚かな樹神はその意味がしっかりとつかめないようであった。


それから間もなくのこと、愚かな樹神はその恐るべき姿を現し、魔法の力を振るってライオンやトラを森から追い払ってしまった。ライオンやトラの姿がパッタリと見えなくなったので、人間たちは、ライオンやトラがほかの森へ移ってしまったことを知った。そこで早速、森の一方を切り開いた。愚かな樹神は、森の木がどんどん切られていくことに頭を抱えた。

困った、困ったぞ

だが、いい考えが思い浮かばない。結局、賢い樹神のところへ出かけ、自分のやったことをすっかり忘れてしまったように、相談を持ちかけた。

ライオンやトラがいなくなったからといって、人間どもが森の木を切り始めている。どうすればいいんだろう。

ライオンやトラたちは、隣の森に住んでいるようだ。行って、彼らを連れ戻してきなさい

愚かな樹神はそう言われると、すぐにのこのこと隣の森へ出かけて行った。そして森の入り口で一生懸命うたを唱えた。

トラよ出てこい ライオンよ

もとの住みかに もどろうよ

君たちがいない あの森を

人間どもに 荒らされる

去ってはいけない あの森を

わたしといっしょに もどろうよ

ライオンやトラは、愚かな樹神から頭を下げて頼まれたが、せせら笑って答えた。

今さらなにを言うんだ。頭を冷やして、自分のやったことを考えてみるんだな。勝手におれたちを追い出しておいて、身勝手過ぎるぞ

わしが悪かった。謝るよ。だから、そう言わないで、ぜひ帰ってほしい

愚かな樹神は何度も頭を下げて頼んだ。しかし、返事は同じだった。

いくら頼まれてもだめだ。とっとと行ってしまえ。おれたちは帰らないよ

ライオンやトラは声をそろえてきっぱりと断った。愚かな樹神は、仕方なくとぼとぼと自分の森へ帰っていった。
それから数日たつかたたないうちに、森の木はすっかり切り取られて、村ができ畑になった。そして樹神たちの住む場所はなくなってしまった。

ジャータカ272

『仏教説話大系』第5巻 「荒らされた森」より
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