昔、ある墓地に、数百の野犬の群れが住んでいた。群れを率いているのは、一匹の白犬だった。野犬に似ず神々しいほどの美しい毛並みで、威厳に満ちあふれていた。
ある時、国王の馬の革の手綱が、夜の間に食べられてしまうという事件が起きた。周囲の足跡を調べてみると、それは犬のものだった。そこで、家来たちは王に報告した。
犯人は、どうやら野犬のようでございます。下水口を伝って場内に入ったのに違いありません。
国王は、怒って命令した。
わしの愛馬の手綱を食べるとは、不届きなやつらだ。見つけ次第、犬という犬をすべて殺してしまえ!
町では、犬の大虐殺が始まった。数人ずつ組になった兵士たちが、城の内外を巡回して手当たり次第に犬を殺した。
追い詰められた野犬たちは、墓地に住む白犬のところへ逃げてきて助けを求めた。野犬たちが事の次第を説明すると、白犬は尋ねた。
手綱を食べたのがだれなのか、知っている者はいないのか
いろいろ調べてみましたが、食べたものは一人もいません。第一、厳重にさくの打ち込まれた下水口から場内へ入るなど、到底できるものではありません。そうなると、王宮の飼い犬以外には考えられないのです。
よし、分かった。お前たちは、もうなにも恐れることはない。今からわたしが王宮に行き、無謀な虐殺をやめるよう、王に進言してこよう。
白犬はそう言うと、呪文を唱えた。
わたしの身に決して危険が及ばないように、、、
そして早速王宮へ出かけていった。
白犬は城門をゆうゆうと通り抜け、町並みを歩いて王宮に入った。不思議なことに、だれ一人とがめる者はいなかった。
王宮に入ると、白犬は玉座の下にするりと入り込んだ。家来たちは、驚いて捕まえようとした。しかし王はそれを止めて言った。
なかなか威厳のある美しい犬だ。なにか事情があって来たのに違いない。
白犬はそれを聞くと、玉座の下から出て一礼し、国王に話しかけた。
王さま、どのような罪で我々を殺そうとなさっているのですか
わしの愛馬の手綱を食べたのだ。だからわしは、犬という犬を殺せと命じたのだ
それでは、犬という犬はすべて、一匹残らず殺してしまうのですか
白犬の問いに、王は少し考えてから答えた。
すべての犬といっても、王宮の犬だけは別だ。
大王よ、あなたはご自分の愛馬や愛犬がかわいいばかりに、王としての道をお忘れになったいます。
一国の主たる王が物事を判断するときには、ちょうどつり合った天秤ばかりのように、どちらにも傾かない公平さがなければなりません。
そういってから、白犬はうたを唱えた。
血筋正しい 王の犬
彼らは罰を 受けないで
我ら野犬は 殺される
血統毛並み それだけで
彼らは 受けないで
弱い者のみ 殺される
どうしてこれが 公平な
王の裁きと いえようか
黙って聞いていた王は、むっとして言った。
では、お前は犯人を知っているとでもいうのか
知っています。手綱を食べたのは、王宮の飼い犬たちです。
なに、どうしてそれが分かるのか
それでは、今からその証拠をお見せしましょう。
ここへ王宮の飼い犬を連れてきてください。それにバターと薬草を少々お持ちいただきたいのですが。
白犬が言うと、王は家来たちに言いつけた。やがて、王宮の飼い犬たちが連れ出された白犬は薬草をバターの中でつぶし、その汁を飼い犬たちに飲ませた。すると、飼い犬たちは、げっと革を吐き出した。それはまさしく王の愛馬のものだった。
それを見た国王は深く恥じ入って白犬に頭を下げた。白犬は、王に正義感を説いた。王は毎日、白犬をはじめとするすべての野犬に同じ食事を振る舞い、白犬の教えを一生守り続けた。