空を歩く象

自慢の象

昔、マガダ国のラージャガハの町でマガダ王が国を治めていた時、王宮にすばらしい象がいた。象は全身真っ白で、まるで満月を見るように神々しい姿をしていた。

どこを探しても、これほど美しい象はいまい。まさに象の王といってよい

王は常々、そう言ってこの象を自慢していた。

ある祭りの日のことであった。美しく飾られた街の中を、王は白象に乗って巡察していた。王は白象にこれ以上豪華なものはないと思われる装飾を施し、長い行列を組んで進んでいった。
街は祭りを祝う人々であふれていた。笛や太鼓の音、それに合わせて踊る踊り子たちの一団、色とりどりののぼりがはためく中を王の行列が進んでいくと、人々は美しい象の姿に息をのみ、瞬間そのざわめきはぴたりと止まった。

あの象をご覧、なんて美しい象だろう

ああ、あの歩きぶり、品のいい顔だち

あの肌の美しさ、まるで満月のように神々しい

こんなにりっぱな象は見たことがない。これは神象だよ。神さまのお使いに違いない。


王の謀略

人々は、白象のあまりの美しさに感嘆の声をあげた。その声を聞いて、王は誇らしげに胸を張って人々を見下ろした。ところがそのうち、人々の声が象ばかりをたたえ、一向に自分に向けられないことに気づくと、だんだん象がねたましく思われてきた。王は早々と巡察を打ち切り、宮殿に帰った。

なんと腹立たしい象だ。あいつのおかげでとんだ恥をかいた。どうしてくれよう。そうだ、明日にでも、あれを山の崖に連れていって、そこから突き落とさせて殺してしまおう。

それからすぐに象使いを呼びつけ、荒々しく聞いた。

あの象を、しっかり仕込んでいるのか

はい、よく仕込んでおります

象使いは、自信満々に答えた。

ほほう、そんなによく仕込んであるというのなら、あのベーブッラ山の険しい崖も下りられないことはあるまい

はい、もちろん下りられますとも

そうか、それでは明日、ベーブッラ山へ行くことにしよう

明くる日、王は白象に乗ると、象使いを伴ってベーブッラ山へ出かけた。そして険しい崖まで来ると白象から降り、象使いに言った。


お前は昨日、象をりっぱに仕込んであると言ったが、それなら、そこで三本足で立たせてみよ

象使いはしっかりと白象の背中に乗った。

友よ、三本足で立ちなさい

そう言って合図をした。白象は楽々と三本足で立った。それを見た王は続けて命じた。

二本の前足で立たせてみよ

白象は象使いの合図を待つまでもなく、二本の後ろ足をけ上げ、前足で立った。

それでは、後ろ足で

王が言うと、白象は二本の前足を高く上げ、後ろ足で立った。

一本足で立ってみよ

王はいよいよ不機嫌になり、荒々しく言った。

白象は言われたとおり三本の足を高くけ上げ、一本足で立った。象がなかなか落ちないので、ますます王はいらだって言った。

では次は、空中に立たせてみよ


空を歩く

象使いはこの時になって、やっと王の恐ろしいはかりごとに気づいた。

国中でこれほどまでに聡明で、しかもよく調教された象はいない。それなのに、王がこのような難題を持ちかけるのは、きっと象が崖から落ちて死ぬことを望んでいるからに違いない。

そこで象使いは、白象の耳元でそっとささやいた。

友よ、王さまはお前が崖から落ちて死ぬことを望んでおられる。お前には、この王さまはふさわしくない。
もしお前に空を歩く力があるなら、このままわたしといっしょに空へ昇り、バーラーナシーの都まで行こう。

白象は一声鋭い鳴き声を上げたかと思うと、空に向かって歩きだした。王は自分で命じたものの、あまりに不思議な出来事に思わず立ち上がり、声を上げることもできず唖然としてただながめているだけだった。

象使いは空の上から王に言った。

王さま、あなたのように愚かな方にはこの象はふさわしくないようです。徳の高い聡明な象にはやはり徳の高い聡明な王がふさわしい。あなたはほかにどんなに立派な象を得られても、その値打ちが分からず、同じように失ってしまわれるでしょう

それからしだいに空高く遠ざかりながら、次のようなうたを唱えた。

愚かな者は せっかくの

自己の名声 生かせずに

かえってそれで 不利益の

うずに巻き込む 他人まで


白象と象使いは空を歩いてバーラーナシーの都まで来ると、王の住む宮殿の上空に止まった。バーラーナシーの都の人々は空を見上げ、驚いて叫んだ。

空に白象が止まっているぞ

空を歩いて、我らの王さまのところへやって来たんだ

王もすぐこれに気づくと、王宮の庭に出て空の上の白象に声をかけた。

もしお前がわたしを訪ねてやって来たのなら、今すぐここに降りてきなさい

白象はその声を聞くと、静かに王宮の庭に降り立った。王は不思議そうに尋ねた。

お前たちは、いったいどこから来たのか

はい、わたしたちはラージャガハからまいりました

象使いは象から降りて王に一礼すると、今までのいきさつを詳しく話した。

それはよく来てくれた。このように徳のあるりっぱな象が訪ねてきてくれるとは、わたしのほうこそ礼を言わねばならん。

王は喜んで白象と象使いを宮殿に案内した。そして、すぐさま家来たちを呼び集めると、歓迎の宴の準備を命じた。白象と象使いは、その後王から肥沃な領土を贈られ、幸せな一生を送ったという。

ジャータカ122

『仏教説話大系』第6巻 「空を歩く象」より
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