にせ修行者の悪知恵

修行者のお世話

昔、ある村にひとりの修行者が住んでいた。その修行者は髪を束ねてまげを結い上げていた。この村にはその修行者を敬い、いつも丁寧に供養しているひとりの男がいた。

このお方は福徳のある修行者だ。このお方を大切にしておればきっとわたしにも功徳があるに違いない。

男はそう思って自分の土地に修行者のための草庵を建てて住まわせ、毎日おいしい食べ物を運んで熱心に世話をしていた。


そんなある日、男は黄金の首飾りを百個も持って修行者のところへやって来た。

行者さま、この黄金の首飾りはお金にするとたいそうな額になります。わたしにとりましては大切な財産でございます。家に置いておきますと盗賊がやって来ぬかと夜もおちおち眠れません。行者さまに番をしていただくならわたしも安心でございます。

どうか黄金の首飾りをこの庵の下に埋めさせてください。そして今後はなにとぞ見張りをよろしくお願い申します。

修行者は大きくうなずいた。

いいとも。心配はいらない。土の中に埋めたのを知っているのはわたしだけだ。
そのわたしは出家の身であるゆえ他人のものに対して欲心を起こすということはない。安心しているがいい。

そう言っていただくと、もうこれでなんの心配もございません。本当にありがとうございます。

男は何度も頭を下げて帰っていった。

ところが修行者は、男が帰っていったのを確かめてにやりとほくそえむのだった。

これだけの黄金の首飾りがあれば、これからはなんの苦労もなしに生きていける、、、

修行者はこれを全部自分のものにしようと考えたのである。


修行者の策略

しばらくたったある日のこと、修行者は黄金の首飾りをこっそりと掘り起こし、街道の一角へ埋め直した。そして翌日、いつものとおり男の家で食事の供養を受け、それがすんだところでいかにもすまなそうに切り出した。

長い間たいへんお世話になったのう。本当に感謝している。しかし今日限りでわたしはここから去っていきたいと思う。あまりに長く一つの所に住んでいると、お互いに遠慮気兼ねがなくなってけじめがつかなくなるものだ。けじめがなくなるということは、我々出家の身にとって修行のうえで大きな妨げとなるものなのだ。

お世話になりながらこんなことを言うのはたいへん心苦しい限りだが、もうこれ以上ここにとどまるわけにはいかないのだ。分かってほしい。

男は何度もとどまってくれるよう頼んだ。しかし、修行者は決して首を縦に振ろうとしなかった。男はついにはあきらめ、修行者を礼拝しながら言った。

行者さま、それほどまでにおっしゃるならもうお引き止めはいたしません。
修行の妨げをしては申し訳ございませんので、どうぞこの草庵をお出になってください。せめてお見送りをさせていただきとう存じます。

修行者の芝居だとはつゆ知らず、男は修行者を村外れまで見送っていった。


さて男と別れた修行者は、しばらく歩いたところで道端の草の葉を一枚ちぎり取り、それを髪の毛につけた。それから息せききって男のところへもどっていった。その姿を見て男はたいそう驚いた。

行者さま、どうなさいました。どうしておもどりになったのでございます。

いや、しばらく行ったところでふと頭に手をやって気がついたのだ。わたしの頭を見てくれ。草の葉がついているだろう。

はい、確かに。

この草の葉は草庵を出る時にくっついたのに違いない。そうだとすると、これはあなたのものだということになる。草の葉といえどもあなたのものを持っていくわけにはいかない。
そう思ってこうして慌ててもどってきたのだ。

男はそれを聞いて感銘を受け、ますます修行者を敬って何度も礼拝するのだった。

これでこの男はわたしを完全に信用した。もうわたしを疑うことはないだろう、、、

修行者はそう考えて男と別れ、首飾りを隠した街道の一角へと急いだ。


商人の知恵

ちょうどその時、ひとりの商人がこの村を通りかかった。商人は事の次第を見ていたが、なにかしら不自然なものを感じて首をかしげた。修行者が立ち去っていくのを待ちかね、商人は男のそばに駆け寄って尋ねた。

通りがかりの者ですが、あなたはあの行者さまになにか預けておいでになりませんか

いえ、なにも、、、

男は突然話しかけてきた商人を警戒した。

わたしは決して怪しい者ではありません。なにかしら気がかりなものを感じるのでお尋ねしているのです。
どうか本当のところをお聞かせください。

そうおっしゃるならお話ししますが、、、、

男は黄金の首飾りのことを打ち明けた。

なるほど。わたしの心配が当たらなければ幸いですが、、、。

どうでしょう、首飾りを埋められた場所をもう一度確かめてみられては。

商人の言葉に男は慌てて埋めた場所を掘り起こした。しかし、そこにはなにもなかった。

な、ない。いったいこれはどうしたのだろう。

男は青くなってぶるぶる震えだした。

そうでしょう。そんなことではないかと思っていた。
これはあの修行者の仕業です。すぐに追いかけて取り返しましょう。

商人は男と一緒に修行者を追いかけた。修行者はすぐに捕まり、男と商人を首飾りの隠し場所へ案内した。


商人は修行者の姿をながめてつぶやいた。

なんというつまらぬやつ、、、。一枚の葉には気が咎めたが、百個の黄金の首飾りには気が咎めないとでもいうのか。

そしてうたを唱えた。

お前の言葉は 柔らかく

草の葉にさえ 気がねする

ところがまばゆい 首飾り

盗んで少しも 動じない

商人はこうして修行者を戒めたという。

ジャータカ89

『仏教説話大系』第8巻 「にせ修行者の悪知恵」より
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