サルと一粒の豆

昔 、ブラフマダッタ王がバーラーナシーの都で国を治めていた時、国境の部族が反乱を起こし、王の国に攻めてくるという知らせが届いた。
季節は雨季で、長い雨が降り続き、川はあふれ、家も作物も水に押し流されるという悪天候であった。王は降りしきる雨の中を出陣し、ある園に陣営を張った。王の信頼する一人の賢い大臣は王とともに行動した。

王の率いる兵隊がたくさんの大豆を蒸し、軍馬に与えるためにおけの中へ投げ入れた。その時、園にいた一匹の飢えたサルが、すかさずおけの中の大豆をつかみ、その手いっぱいに豆を握りしめたまま人に取られぬように木に登った。

サルは枝に腰を下ろして、一粒一粒豆を食べ始めた。少しすると、サルの手から一粒の豆がぽろっと地面に落ちた。サルはその豆を拾おうと、慌てて木から降りた。その拍子に、口の中にあった豆と、両手につかんでいた豆全部をばらばらっと皆落としてしまった。

サルは地面に降りて、さっき指の間から落ちた一粒の豆と、後から落としたすべての豆を、あちこち飛び回って捜した。しかし、落とした豆は雨水に流されてしまい、いくら捜してももはや見つからなかった。

サルは再び木に登り、千万の大金をふいにしたように悔しがり、ロをひん曲げてもとの枝に座った。


王は大臣に話しかけた。

サルが苦々しげな顔をして下を見ているが、どうかしたのかね

すると大臣は答えた。

王さま、あのサルは少しばかりの物を取り返そうとして、たくさんの物を捨てた、知恵のないものです。
一粒の豆を惜しんだために、手に持っていたたくさんの豆をみんななくしてしまったのです。

そうか

王さま、この大雨の中で大軍を進めていくのは、このサルのようなことになるかもしれません

うむ、このサルのように、なにもかもなくしてしまうのか。
そうだ、国境の少数の部族の反乱などに、雨の中を兵を引き連れて進軍するほどのこともなかったな。

そう気がついた王は、バーラーナシーヘ軍隊を引き連れて帰った。

反乱を企てた部族は『王の軍隊は賊を滅ぼそうと都から出発した』といううわさを耳にしただけで、国境から逃げ去ってしまった。

ジャータカ176

『仏教説話大系』「サルと一粒の豆」より
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