水晶箱の中のネズミ

ネズミと石工

昔、カーシ国のある町に、一人の大富豪が住んでいた。その蔵には宝物があふれ、四億金にも上がる金貨が納められていた。ある日、その富豪の妻はふとした病気がもとで死んでしまった。死んだ妻は、金に対する執着心が人一倍強かった。そのため、次の世はネズミに生まれ変わって、その宝物庫の上に住むことになった。

それから長い時がたった。そのうち大富豪の家族は一人残らず死に絶え、その村も滅んでしまった。その村の跡に、いつのころからか石工が住むようになった。近くの山から石を切り出し、それをいろいろに細工して暮らしを立てていた。なかなかの腕前だった。
ある時、石工がいつものように石を刻んでいると、例のネズミが通りかかった。そして、石工の刻んだものを見て感心し、ため息をついた。

なんて美しい彫り物だろう。こんなに美しい彫り物ができる人はよほど優れた人に違いない。あの目の色の、なんと澄んですがすがしいことか。

ネズミは、石工になにか与えないではおられない気持ちになった。

わたしはたくさんの財宝を持っているが、そのうち心無い人々に奪われてなくなってしまうだろう。そうだ、この人に財宝を分け与えることにしよう

そこで早速、ネズミは金貨を一枚口にくわえて持ってくると、石工に言った。

どうか、これを使ってください

石工は驚いてネズミに尋ねた。

どうしてわたしに、こんなに高額の金貨をくれるんだね

わたしは、あなたをじっと見ていて好きになったのです。
この金で、まずあなたのものを買い、余ったお金で、わたしに肉を買って与えてください。

それは、ありがたいことだ

石工はそう言うと、明くる日少量の肉を買ってきて、ネズミに与えた。喜んだネズミは、肉を住み家にもって帰ると、腹いっぱいになるまで食べた。それからというもの、ネズミは毎日毎日、金貨を一枚ずつ運んできて石工に渡し、石工はそのたびに肉を買ってきてネズミに与えた。


ネコとの約束

ところがある日のこと、ネズミはふとした油断で、ネコに捕まえられてしまった。ネズミはもがきながら言った。

どうか、わたしを殺さないでくれ

どうしてだ。おれは腹がすいて、肉が食べたくてならんのだ。

ネコは、舌なめずりをしながら言った。

お前さんが肉を食べたいのは、今だけなのかい、それとも毎日なのかい

そりゃ毎日食べたいさ

それなら、わしは毎日お前さんに肉をあげよう。だからわたしを放しておくれ

本当だな、うそを言うと承知しないぞ

ネコは毎日肉をやるという言葉に引かれて、しぶしぶネズミを放した。それ以後ネズミは、ネコとの約束を忠実に果たした。石工からもらった肉を二等分し、その一方をネコに与え、残りを自分が食べた。


水晶箱

ところがある日のこと、ネズミはまたほかのネコに捕まってしまった。今度も同じ条件で許してもらった。肉を四等分し、とうとう自分の分は、四分の一になってしまった。さらにある日のこと、ネズミはまたほかのネコに捕まり、命は助けてもらったものの、肉を五等分しなければならなくなってしまった。
そのため、ネズミは食べ物が不足して体がやせ衰え、骨と皮ばかりになってしまった。石工は、このネズミの哀れな様子に気づくと、心配して尋ねた。

いったい、このごろはどうしたというのだね。そんなにやせてしまって

ネズミは、そのわけをありのままに話した。

そんなことなら、どうしてもっと早くわたしに相談してくれなかったのだ。わたしはお前を救ってやることができたのに

石工は優しくそう言うと、透明な水晶を刻んで箱型に作り、これを持ってきた。

しばらく、ここに入っていなさい。ここの中ならネコに食べられる心配はない

石工はネズミに食べ物を与え、ネズミが腹いっぱいになり気持ちが落ち着くのを待って、ある知恵を授けた。

いいかね、今夜はここで眠るがいい。夜になってネコがやってきたら、どのネコにも荒々しい言葉でののしってやりなさい

石工はそう言うと、ネズミを水晶の箱に残し、帰っていった。ネズミは石工に教えられたとおりに、水晶の箱の中で待っていた。やがて、夜になった。


なんだ、こんな所にいたのか。捜したぞ。さあ、約束の肉をくれ

ネコがやって来てネズミを見つけると、せき立てるようにどなった。ネズミは待っていたとばかりにののしった。

おお、悪ネコよ。肉などどうしてやるものか。腹がすいたら自分の子供の肉でも食べるがいい。

なにを生意気な、お前など一口で食べてやる

大声で言うと、ネコはネズミが水晶の箱の中に入っているのも知らずに、飛びかかっていった。

どしっと鈍い音がすると同時に、大きな悲鳴を上げた。それが最後だった。ネコはあまりに激しく水晶に胸を打ちつけたため、心臓が破れ、目が飛び出して、即死してしまった。
しばらくすると、またほかのネコがやって来た。ネズミはさっきと同じようにネコをののしった。するとネコは怒ってネズミに飛びかかり、水晶に胸を打ちつけ死んでしまった。こうして四匹のネコは皆死んでしまった。

ネコがいなくなると、ネズミはなんの心配もなく、平穏に生活できるようになった。そこで感謝の気持ちを込めて、毎日金貨を二枚、三枚と持っていって石工に与えた。このようにしてネズミと石工は、生涯友情を破ることなく幸せに暮らした。

ジャータカ137

『仏教説話大系』第5巻 「水晶箱の中のネズミ」より
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