終わりの始まり
昔、海辺の林に一匹のウサギが住んでいた。ある日ウサギは一日分の食料を集めて巣に戻り、一休みしようと木の下に寝転んだ。そしてなんとはなしにたわいもないことを考えた。
もしこの大地が崩れて世界が壊れたら、いったいどこへ逃げたらいいんだろう。
ちょうどその時、ふいにベールバ樹(※)の実が一つドッシンと落ちてきた。ウサギはすっかり慌ててしまった。
大変だ。大地が崩れる。助けてくれえ。
そう叫んで後ろも見ずに逃げだした。その様子を見ていたもう一匹のウサギが呼びかけた。
おうい、どうしたんだい、そんなに慌てて。
大変だ。大変だ。
どうしたんだ。なにが大変なんだ。
そう問いかけながら後を追った。
世界が壊れるぞ!
先を走るウサギは振り向きもせずにそう言った。これを聞いた後のウサギも、これは大変だと必死になって駆けだした。
こうして別のウサギが次々に後を追い、ついには十万匹のウサギが群れとなって逃げ惑った。ウサギといえども十万匹もがいっせいに駆けだしたのだ。辺り一体に砂煙が舞い上がり、地響きが起こった。
それを一頭のシカが見て驚き、わけも分からず後を追った。さらに、イノシシ、ウシ、水牛、サイ、トラ、ライオン、そして象までが後を追った。
どうした。いったい何があったんだ
大変だ。世界が壊れるぞ!
こうして森や林の獣たちが続々と逃げだし、その群れは延々と続いてとぎれることがなかった。ところがこの群れに加わらないものがいた。それは一頭のライオンだった。
世界が壊れるなんて叫んでいるけど、それはきっとなにかの間違いだ。
このままじゃみんな死んでしまうかもしれない。なんとかしなければ。
ライオンは全速力で駆けて獣たちを追い越し、彼らの前に立ちはだかって勇ましく三度ほえた。
獣たちはその声に震え上がり、たじろいで立ち止まった。
はじまりは誰?
ライオンは獣たちに向かって問いかけた。
なぜそんなに慌てふためいて逃げるのだ
世界が壊れるからだ
獣たちは口々に言った。
だれがそれを見たというのだ
象たちが知っているよ
だれかが言った。
ぼくらは知らないよ。ライオンたちが知っているはずだ。
おれたちだって知らないさ。トラたちが知っているはずだ。
冗談じゃない。知っているのはサイたちだ。
こうしてもとをたどっていくうちに、ようやく一匹のウサギが引っ張り出された。
現場検証
ライオンはそのウサギに尋ねた。
世界が壊れると言ったのはお前か
はい、本当に世界が壊れる音を聞いたのでございます。
お前はどこでそれを聞いたというのだ。
ライオンは重ねて尋ねた。
はい、海辺の林で聞いたのです。
それならそこへ行って、本当に大地が壊れているかどうかこの目で確かめてみようではないか。
みんなはここで待っていてくれ。
ライオンはウサギを背に乗せて駆けだした。間もなく海辺の林の近くに着き、ライオンは背中からウサギを降ろした。
さあ、お前が世界の壊れる音を聞いたのはどの辺りだ
分かりません
ウサギはまだ恐ろしくてたまらないという様子で、おろおろしながら言った。
さあ、こっちへ来て教えてくれ。なにも怖がることはない
ライオンがそう言うと、ウサギはライオンの後ろに隠れるようにして恐る恐るベールバ樹を指差した。
あの辺りでドッシンと音がしたのです
ライオンはベールバ樹に歩み寄った。するとそこには大きなベールバの実が一つ転がっていた。ライオンはウサギに実を見せ、思い違いであったことを教え諭した。そして急いで獣たちのもとへもどり、事の次第を話した。
獣たちはなにも危険がないことを知って安心したが、すっかり力が抜けてその場に座り込んでしまった。
※ ベールバ樹:ミカン科の木でその果実は良い香りを放ち、古代インドでは最良の食料であった。