スパッタの最期

偉大な王

昔、霊鷲山の山頂に偉大なタカの王スパッタが住んでいた。彼は数千もの家来のタカを従えて、大空を我がもののように飛び回っていた。大きく広げた羽の一枚一枚が、日の光に濃くなったり薄くなったりまぶしいほどに光り輝き、その美しさは例えようもなかった。
そのうえ、スパッタの体からは、不思議な力が際限なくわいているかのようで、王にふさわしい威厳に満ち溢れていた。彼の飛ぶ姿は、まるで鋭い光を放つ矢のようだった。岩の上でほんの二、三回大きく羽ばたいた、と見るうちにもう空高く舞い上がり、その大きな両翼は一羽ばたきで山を越えてしまうほどのすばらしい力を持っていた。

ところが彼の両親は、日ごとにたけだけしくなる彼の飛翔に、かすかな不安を持っていた。彼が大空に舞い上がるたびに胸が痛くなるような思いを抱いた。
そんな両親の心配をよそに、彼は並外れた偉大な飛翔力と、高い空から地上の獣を見つける優れた眼力で、気に入った食べ物を捕ってくる天才でもあった。そして彼の両親に得意そうにさし出すのだった。

ね、お父さん、どうです。この脂のよくのった大蛇のおいしそうなこと。どうかおなかいっぱい食べてください。そして元気を出して長生きしてくださいね。

そう言ったかと思うと、もう山頂からはるかな国へと姿を消して、そのうちに、珍しい獲物を足の爪にしっかりと握って帰ってくるのだった。


ベーランバ風

スパッタの力は昨日より今日、今日より明日と、いっそう強くいっそう速くなっていくようだった。
もう家来のタカだれひとり、王と一緒に飛べる者はいなくなってしまった。そんな乱暴にも思える荒々しい彼の行動を見て、父のタカは静かに語りかけた。

スパッタ、偉大な息子、わたしはお前が大好きだ。お前のもっているすばらしい羽と力をいつも心から尊敬しているし自慢にも思っているのだよ。お前の翼はどのタカよりも大きくてりっぱだ。一羽ばたきするだけでもうだれよりも高く空に舞い上がり、ひょいと向きを変えるだけで数千メートルも飛んでいる。
そんな様子を、頼もしくうれしく思っている。それでこそタカの王スパッタなのだと。けれど、それがなんだか心配になってきたのだ。山頂の岩場で今羽づくろいをいていたかと思うと、もう空の高みでけし粒のように小さく見える、その力が恐ろしくてならないのだよ。

父さんがまだ小さい子供のころ、おじいさんから聞いた話を思い出すのだよ。昔、お前のように並外れた大きな力を持ったタカがいたそうだ。そのタカは、朝は西の果てに、夕方は南の果てにと力任せに飛び回っていたそうだ。
ある日、空の高みに舞い上がり、死ぬほど恐ろしい目に遭って、命からがら帰ってきたということだ。お前も思いがけずに空高く飛ぶことがあるだろう。
どうかその時には、これから私の話すことを忘れずに思い出しておくれ。それさえ守ってくれるのなら、わたしも安心してお前の力強い羽ばたきを見守っていられる。

スパッタや、あの大空にはわたしたちが決して行ってはならない所があるんだよ。自分は一羽のタカにすぎないのだと、身の程をよくわきまえて、調子に乗ることなく、自分の飛んでいい範囲というものを知ることだ。
空を高く高く飛んでいって、この地球が丸く、お盆のように見えたなら、すぐにもどらなければいけない。それ以上調子に乗って飛び上がっていくと、その先にはベーランバという風がいつもすさまじい勢いで吹き荒れているそうだ。

父の話を一心に聞いていたスパッタは、目を輝かせて尋ねた。

お父さん、そのベーランバ風というのはなんですか

それはお前、なんとも恐ろしい力を持った風だそうだ。そのタカは、地上に帰ってからもその風のことを思い出すと、体が震えてしまうと話していたそうだ

父のタカは話を続け、スパッタに自分勝手な力任せの飛び方はやめて、ほかのタカと仲良く連れ立って飛ぶようにと、固く注意した。

お父さん、よく分かりました。これからはよく気をつけて飛びますから、あまり心配しないでください。

スパッタは心の中で、まださっき聞いたベーランバ風のことを考えていた。


美しい景色

いくら用心したところで、彼の持ち前の力はどうにもならなかった。
その日も、家来のタカ数羽といっしょに、父の言いつけを守って仲良く飛び立っていた。ところがスパッタが話しかけようと隣を見ると、いっしょに飛んでいたはずの家来のタカの姿が見えない。おかしいと思って振り向くと、彼らはずっと後ろの方でひとかたまりになって飛んでいるのだ。

これはいったいどうしたことだ。ぼくが一羽ばたきする間に、家来たちときたら、百も羽ばたかなければついてこられないのか。ばかばかしい。
赤ん坊と大人が競争するようなもので、いっしょに並んで飛ぶなんてことは、初めから無理なんだ。

一休みして家来のタカを待っているつもりが、持ち前の傲慢な心が首をもたげ、それならいっそもっと高い所に上がってみようと思い始めた。
スパッタは力強く羽ばたいた。眼下の景色は、牛や馬はおろか、森や川の区別さえつかなくなり、やがて地球が丸いお盆のように見えてきた。その周りを真っ青な海が囲んでいた。それはとても美しい光景だった。

きれいだな。こんな美しい景色を見たのは生まれて初めてだ。

その時かすかに父の声が聞こえた。

スパッタ、地球が丸くお盆のように見えたら、すぐに降下して家へ帰ってくるのだよ

けれどスパッタは夢中だった。なんだか空気は新鮮で、空を飛ぶ自分の翼は、しなやかに空気を切っていつもよりずっと調子がよいようだった。眼下の丸いお盆のような地球は今度は海と一つになり、青く美しい大きな宝石のように光って見えた。

すごいなあ、あんなに青く光っている

スパッタははるか真下の青い地球をうれしそうに見下ろしていた。

スパッタ、お帰り。すぐに帰っておいで

父の叫ぶような声が聞こえた。

いけない、危ないよ。スパッタ、今すぐお帰り。今すぐに。

それは彼の翼が空を切る音だったのかもしれない。と、その時なんとも得体の知れない、なめるような気流がスパッタの体を包んだ。

お帰り、お帰り

懐かしい父の声や母の声、家来たちの声が、耳元でガンガン鳴っていた。しかし、もどりたくてもどれない。向きを変えたくても変えられない。彼のあの力強い翼は、恐ろしく重い、大きな手でしっかり押さえつけられたように、どうにも身動きがとれなくなっていた。たくさんのタカが、木の上、岩の上に休んでいる平和な霊鷲山の頂がはっきり見えたような気がした。

く、苦しいよ、助けてくれ

スパッタは偉大なタカの王の声ではなく、小さな子供のような声を上げ、泣き叫びながらぐるぐると渦巻く大きな気流にのまれていった。それは長い時間のようでもあったし、ほんの一瞬のことのようでもあった。

大空の高みからたたき落とされたスパッタは粉微塵になって地上に降ってきた。あの銀色に輝く力強い羽一枚残すこともなく、影も形もありはしなかった。大空は、空高く一羽のタカが飛んだことも、大気流にのまれて粉々になってしまったことも、まるでなにもなかったように静かに青く澄んでいた。

霊鷲山の山頂では、行ったきり帰ってこない王のことを、ベーランバ風に捕らえられたのだと、残されたタカたちはいつまでも語り合っていた。

ジャータカ427

『仏教説話大系』第5巻 「スパッタの最期」より
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